こんちは。 ぼくは用事があって、北九州の方に行ってきたんだ。 北九州市は竹林の面積が日本一でタケノコが特産品だということを知っているかい。あの辺の郊外を移動しているとやたらに竹林が目につくから、そのことを思い出して、ぼくはなるほどとひとりごちたりした。ちょっとした山の全体が竹でおおわれていて、しかもそれが3つくらい連なっているところもあるくらいだ。そんな風景を眺めていると、あの広大な竹林の奥深くに入っていって、風が無数の葉をゆらす音に囲まれたりしたらどんな感じだろうなどと想像してしまう。そして何となく妖しくて胸がさわぐような考えを誘われる。例えばそこには何か得体の知れないモノが棲んでいるのじゃないだろうかなんて。
そういえば、竹の中にカエルがいるのをテレビで見たことがある。といってもぼくたちの暮らしている国ではなくて、確か東南アジアの熱帯雨林での映像だったと思うのだが、竹の幹に割れ目ができてそこから雨水が流れ込むと、節の間に水たまりができるだろう。その中にカエルが隠れていたりする。そしてそのカエルがひそんでいるのを感知して、どうにかして引っ張りだして食べてしまうサルがいるんだ。自然は不思議だね。
例えばきみが、竹林のある地方に住み、竹の木を伐採して、竹製の道具なんかを作って生活している人だったとしよう。そういう状況を想像してみて欲しい。そしてある日たまたまいつもよりも深く竹林に分け入ったきみは、一本の竹が不思議な光を放っているのを見つける。〈かぐや姫〉のいる部分は、どうも光っているから分かるらしいんだ。 その後はどうするだろう。そんなわけの分からない汁に指を突っ込んだりするのは、いかにも気味が悪い。先ほど切り取った竹の破片を縦割りにして割りばし状の器具をこしらえ、それで中身をつまみ出すのは可能だが、中に入っている物体はとてもやわらかそうだ。少しでも傷つけてはいけない。どうもそんな気がしてならない。そこできみは、中身の入っている部分の底にあたる節の、さらに下部を切断してみる。そうして竹筒はコップのような状態で切り出され、内容物ごときみの手中に収まることとなった。きみはそれをかかえて、やや離れた場所にある住居へと急ぐ。そう、まるで、気分の悪くなった人のために飲み水を運ぶようなかっこうでね。ちらっと視界のすみでとらえた感じから、竹筒の中に入っているモノがどうやら生き物らしいと見当はついているのだかが、今はまだ、それをしげしげと観察して確かめてはいけないような気がしている。今はまだ。 やがて家にもどったきみは、深目の皿か何かを出してきて、その上に竹筒の中身を空けてみる。ちょっと生の卵白に似たどろっとした質感の液とともに、娘がこぼれ出す。ぐったりとした体が皿の上をすべり、とても小さな頭部が皿の縁に「ことん」とあたって止る。一瞬、きみの心はえぐられるような激しい衝撃を感じるけれど、その前後のきみは不思議と平静だ。筒の中からこのようなものがあらわれることをあらかじめ知っていたような気すらする。 娘は数秒で活動を開始する。はじめはまぶたが、次に頭部全体が震え、その振動が脊椎に移ったかと思うと、やにわに膝をついて皿の上に立ち上がろうとする。竹の節と節の間の空間は、生物界でもまれに見る堅固な繊維構造で守られた聖域だ。人間でさえ、長い間かかって生み出した道具なくしては、そこをむやみに暴き立てることはままならない。だから内部に隠れている生命は大体において安全だが、その殻を出たら最後、可能なかぎり迅速に、生存のために有利な条件を整える必要があるからね。何度かよろけたり、尻餅をついたりして、その度にきみを激しく動揺させた後、娘はついに立ち上がる。 ああ、何てきれいな娘だろう。一見するとそれは、大きさは別として14〜15歳ほどの人間の少女そのままの姿に見える。けれど少し観察すると、いくつかの異常な特徴が見えてくる。人間の脳髄を、構造や機能を保ったままでそのような規模にまで圧縮することはまず不可能だから、娘の知能は普通の人間の女の子とは比べ物にならないぐらいとぼしいであろう。けれども娘の美しさは、我々のいう白痴美とは異なっている。その顔には、本能にしたがって生きているケモノにふさわしい、無垢で気品があって、しかも何となく謎めいたような表情が浮かんでいる。それから娘の仕草を見てごらん。小動物特有の小刻みで、痙攣的な動きだ。そしてその声。小鳥のように甲高く、澄んだ声音。娘はちょっと小首をかしげたような姿勢で、さえずるように、歌うように呼びかけはじめる。きみに向かって。
これをどうしたらいいんだろう。きみは考える。この世のモノならぬへんげの類のようであるから、元の竹林の深部にもどしてくるのが賢明であろうか。珍しい動物を売買している人のところに持っていって引き取ってもらおうか。それとも、このまま人間の娘のようにいつくしみ、はぐくみ、共にくらしてみようか・・・。 あの竹で埋め尽くされた異世界の果てしない広がりの中へ。 |
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