「なんだ・・・アスカか、ふわーーーー」
自分をのぞき込む幼なじみの顔を見たシンジはそうぼやきながら、大あくびをはいた。
「なんだとはなによ。それが起こしにきてくれた幼なじみに対する感謝の言葉なの!」
「うん、・・・じゃあ・・」
そんなことはお構いなしにずるずると布団に潜り込むシンジ。
「なにやってんのよ。遅刻しちゃうでしょ」
アスカの手がシンジの掛け布団を掴む。
「幼なじみのわたしが起こしてやってんのよ。少しは感謝して、とっとと起きなさい!」
布団をひきはがしながらアスカがまた怒鳴った。勢いでベットから落ちるシンジ。
「なにすんだよー」
ベットから落ちたシンジは頭をさすりながら抗議の声を上げた。
だが、アスカは聞いていなかった。シンジの体の一部を見つめて真っ赤になったまま凍り付いている。
その一瞬の空白の後、アスカが右手を振り上げる。
「エッチ!チカン!ヘンタイ!信じらんない!!」
パン!!
派手な音がして、シンジははり倒された。
「しょうがないだろー。朝なんだから!!」
シンジの言い分はもっともなのだが、同い年のアスカにそんな理屈がわかるはずもない。
恒例の口げんかが始まる頃、碇シンジの遅い朝があわただしく始まる。
「まったくシンジったら、しょうがない子ねー」
台所ではシンジの母、ユイが朝食の後かたづけをしていた。
いつもシンジの分の朝食も作るが食べる確率は50%ほどだ。
「あなたも新聞ばっかり読んでないで、ちゃんと仕度してください」
ユイの声の先には、シンジの父ゲンドウがいた。
「ああ」
朝刊を読みふけっているゲンドウは上の空だ。
「まったく、いい年をしてシンジとおなじなんだから・・・」
「ああ」
「会議に遅れて冬月先生におこごと言われるの私なんですからね」
「君はもてるからな」
「なに言ってんですか」
こちらも、同じような会話を毎日繰り返している。
「君の準備はいいのか」
「ええ、いつでもどうぞ」
「わかったよ、ユイ」
といいつつ、新聞から目を離そうとしないゲンドウであった。
「シンジ、はやくしたくしなさい。遅刻しちゃうでしょ」
アスカとシンジのやりとりはまだ続いていた。
「わかってるよ、アスカはうるさいなー」
「うるさいとはなによ!」
パン!!
今日の二発目は左頬を赤く染めた。
「それじゃ、おばさま、いってきまーす」
元気なアスカに突き飛ばされるようにシンジは家を出た。
「はーい、いってらっしゃい」
ユイの声は聞こえたかどうか。
「ほら、あなたもとっとと仕度してください」
「わかってるよ、ユイ」
そこで、初めて新聞から目を離しゲンドウがユイに目を向けた。
「あれは、今日だったな」
「ええ、今日です」
ユイはそう答えて最後の皿を片づけた。
ドン!!
突然、シンジは横道から飛び出してきた何かに激突されて吹っ飛んだ。
頭をぶつけたのか目の前で星が回っている。
「シンジ!」
アスカの声が聞こえたような気がした。
「いたた、」
激痛がようやく治まりかけた頃、シンジは自分の視界に白くて形のいい脚があることに気づいた。その先にさらに白い布のようなものが見えたとき、それは急に違うモノで覆い隠された。
「あ、」
そのときになってはじめてシンジは自分になにが起きたかを悟った。
横から飛び出してきた少女にぶつかった、いやぶつかられたのだ。
互いに転んだようで、シンジがいましがた見たモノは彼女のスカートの中身だったらしい。
「ごめんね」
少女が先にあやまった。シンジが見たこともない制服を着ている。違う学校の生徒だろうか。年は同じぐらいだ。しかも、かわいい!
少女の頬が赤く染まっている。それはそうだ。同年代の男の子にパンツを見られたのだ。
シンジはシンジで少女の顔を見たとたん、固まってしまった。
「ほんと、ごめん。マジで急いでたんだ」
そう言い残すと、少女はツバメのような軽快さで立ち上がり、そのまま駆け出した。
「ごめんねー」
振り返りながら、もう一度そう言った。
それまで、惚けたように少女を見つめていたシンジは我に返った。
振り向いた少女の顔と、きれいな脚、そして・・・・
思わずにんまりと顔がゆるむ。
「かわいかったなー」
その後ろで、すっかり忘れられたアスカが今日三発目のびんたを用意していた。
・・・・・・・・・・・・
遠くから爆音が近づいてくるのに最初に気づいたのはそのケンスケだった。
「来た」
すぐにバックから愛用のビデオカメラをとりだして外を見る。
そのときには既に校門を抜けた赤いスポーツカーが吸い込まれるように駐車場に止まるところだった。
シンジとごみ捨てから帰ってきたトウジがケンスケと同じ窓に駆け寄る。
「いらっしゃったでー」
車のドアが開き、形のいい脚が出てきた。
律動的な動きで立ち上がるとサングラス姿の美女が現れた。
「ミサトせんせー」
シンジ、トウジ、ケンスケが同時に叫ぶ。
サングラスをとったミサトがにっこりと微笑んでピースサインを送る。
それをアップでとらえるケンスケ。
第三新東京市立第一中学校2年A組担任の葛城ミサトは、そのルックスとプロポーションと飾らない性格で男子生徒に絶大な人気を持っていた。
「やっぱえーわーミサト先生」
「うんうん」
トウジの言葉に心から同意するシンジとケンスケ。
そんな三人を尻目にアスカとヒカリが異口同音に吐き捨てた。
「さんばかトリオが、ばっかみたい」
「よろこべ男子」
教室に入って来たミサトの第一声だ。
「話題の転校生を紹介する」
ミサトの後ろからひょっこりと女の子が現れた。
「綾波レイです。よろしくおねがいします」
魅力的な笑顔でぺこりと頭を下げた。
と、そのとき、
「あーーーーーーーーーーーーーーー!!」
教室に響くシンジの叫び声。
なんと転校生とはシンジが朝激突したあの脚のきれいな美少女ではないか。
「あーー、あんた、今朝のパンツのぞき男」
転校生−レイも覚えていたらしい。もっとも、根に持っていたようだ。
「ちょっと言いがかりはやめてよ。あんたが勝手に見せたんじゃない」
間髪入れずアスカが立ち上がった。
「なによ、その子のことかばっちゃってさ、なになに、あんたたちできてんの」
アスカの速攻にカチンときたレイが言い返す。
「う・・」
言葉をつまらせて、後ずさるアスカ。
「ちょっと、授業中よ、静かにしてください」
使命感に燃えるヒカリが叫ぶ。
「あーら、いいわよ。あたしも興味あるし、つづけてつづけて」
だが、教師ミサトの言葉はどこまでも軽かった。
どっ、と笑いが巻き起こる。
「葛城先生!!」
怒鳴るヒカリ。
「なんだ、やっぱりできてるんだ!」
追い打ちをかけるレイ。
「なによ、あんたには関係ないでしょ!」
耳まで真っ赤なアスカ。
「え、、、」
状況についていけないシンジ。
教室は前々から(かなり確信に近い)噂になっていたアスカ&シンジの関係についてかなり盛り上がっていた。
「う、うらぎりもーーん」
涙を流しながらシンジの胸ぐらを掴むトウジ。
「お前だけはお前だけは、そんなことせーへんやつやと、信じとったのに」
「何のことだよ、トウジ」
狼狽えるシンジ。
「シンジーー、おんどれがー」
さらに詰め寄るトウジの耳を
「なにやってんのよ、鈴原」
ミサトとやり合っていたはずのヒカリが掴んだ。
「あたたたた、いいんちょー、なにすんのや。わいはシンジと話があるんや」
「いいから座りなさい!」
凄みのある声だ。
「ははーん、そっちはそっちでできてるんだ」
レイのねらいすました一撃がヒカリの心臓を直撃する。
リトマス試験紙が赤面するほど瞬間的にヒカリの顔は赤くなった。
「あら、図星だった」
心底楽しそうにレイがわらう。
「な、なんですって・・」
ぶるぶると震える、ヒカリ。
いまや、教室中が新たな話題に盛り上がり始めている。
「あのいいんちょーが・・・・」
「鈴原だってよー」
「トウジもやるもんだな」
「しかし、その節はあったよな」
「あー、腹減った」
「あの最終回は納得いかねーよなー」
などなど、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
ミサトは止めようともせず、悠然と構えている。
「う、う・・・」
ヒカリの肩の震えが大きくなる。
「うるさーーーーーい!!!」
びりびりと教室中の空気が振動するような大声だ。
「いい加減にしなさいよ!」
全員を睨みまわすヒカリ。
しーーーーーーん。
静まり返る教室。
「葛城先生」
「はい」
既に笑えないミサトだった。
「続けてください」
「はいはい」
ミサトは立ち上がると教壇に立った。
「じゃあ、綾波さんの席は窓側、シンジ君の横ね」
何気ない言葉だったが、アスカの眉がぴくりと反応したのをシンジは見逃さなかった。
「はーい」
気を取り直したレイが席に着く。席に着く瞬間シンジを見て一言。
「さっきはごめんね」
てへ、と舌を出して笑った。
「え、いや、いいよ。そんなこと」
やっぱり、かわいい。
シンジがそんな感激に酔いしれていた頃、彼の後ろでアスカは一つの決意を固めていた。
「あとで2・3発ひっぱたいてやる」
むろんひっぱたかれるのは不幸なシンジだった。
それから家につくまでの20分間二人は一言も口をきかなかった。
不自然な沈黙が終わりを告げたのはシンジがマンションのドアを開けたときだった。
「あれ、とうさんもいる」
玄関にはゲンドウの革靴があった。
「何があったんだろう」
ごく自然に(なるように努力して)アスカに声をかけてみた。
「ほんと、珍しいわね。おじさまがこんな時間に」
アスカも努めて平静を装っているようだ。
「ただいま」
靴をぬいで上がると、ユイが顔を出した。
「おかえりなさい、アスカちゃんもいるわね」
「うん」
「おじゃまします」
アスカが頭を下げる。
「はい、いらっしゃい」
ユイが微笑む。
「なにがあったの」
シンジの問いに、
「こっちにきて」
ユイが手招きで答えた。
顔を見合わせてシンジとアスカがリビングに入ると、ゲンドウが立っていた。
「シンジ、今日から家族が増えた」
唐突にそう言った。
「え、」
「綾波レイくんだ」
ゲンドウの後ろからあの転校生が現れる。
「よろしく・・・」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
シンジ、アスカ、レイが同時に叫んだ。
「き、きみは・・」
「あ、あんたは・・・」
「あんたたち・・・」
三人ともひきつっている。
「なんだ、学校で会っていたのか」
ゲンドウがつまらなさそうに言った。
「シンジ、もう友達になってたの」
ユイがお茶を持ってきた。
「ともだちもなにも・・・・」
呆然とする三人をよそにゲンドウがお茶をすする。
「レイ君は私の古い友人のお子さんでな、彼が海外へ行くことになってね。家で預かることにしたんだ」
「それだけじゃないのよ、レイちゃんのお母さんは私のいとこなの。だからシンジとレイちゃんははとこになるのかしらね」
ユイはいつにも増してにこにこ顔だ。
「やけに嬉しそうだね」
シンジが言うと、
「とうさんもかあさんも女の子が欲しかったんだ」
ゲンドウはそう答えて茶を飲み干した。
「そ、そう」
シンジもそれ以上答えようがない。
「三人とも座ったら」
ユイが言うとアスカとレイも我に返った。
「なんであんたが、シンジの家にいるのよ」
「しょうがないじゃない、今日からここに居候なの。あんたこそなんでこんなところまで来るのよ。やっぱ、できてんの」
「あ、あたしは、おばさまに呼ばれたから来ただけよ。家も隣だし」
「ふーーん。あ、そう」
それから先は無言で睨み合う。
シンジには視線のスパークが見えるような気がした。
そんなレイとアスカのやりとりをユイとゲンドウは楽しそうに見ている。
「やっぱり、いいなー」
「ええ」
「なにが、いいんだよ」
シンジが突っ込む。
「これこそ女の子の醍醐味じゃないか、好きな男を挟んで口げんかなんて・・・。まさか生で見られるとは。私はいま、感激しているんだ。なあ、かあさん」
「ほんとにね」
だが、ゲンドウとユイのぼけは強烈だった。
「もっと見ていたいが、それは後日の楽しみにとっておこう」
「そうね。二人とも、それくらいにしておいたら。お茶が冷めちゃうわよ」
ユイの声で二人のにらみ合いは休戦された。
「ふん」
目をそらすときの一言が見事にシンクロしている事に気づいたシンジは妙なところで感心した。
「ま、とにかくだ。レイ君は今日から家族になる。部屋はシンジの隣だ。アスカ君も仲良くしてやって欲しい」
「なんで、こいつと・・・」
喉までこみ上げた一言を我慢するアスカ。
「大丈夫よ。あたし寝付きもいいし、いびきも歯ぎしりもしないから」
のんきにシンジに話すレイ。
「これからどうなるんだろう」
レイ・アスカ・ケンスケにトウジ、いろんな顔が頭の中でぐるぐると回るシンジ。
三人の想いとは別に、ゲンドウとユイだけは平然とお茶をすすっていた。