1、入学試験   
 
 私が甲陽学院の高校を初めて見たのは入学願書を届けに行った時である。それまでも甲子園球場には行ったことがあったので、すぐそばのこの学校が目にはいってもよさそうなものであるが、その存在には全く気がつかなかった。
 甲子園の小さい方の駅から右に二十メートルくらい歩くと、学校の塀につきあたる。胸ほどの高さの塀の向こうに広いグランドと古い大きな校舎が見える。コンクリート塀に沿って歩くとすぐに正門があらわれた。運動場を大小に分けるコンクリートの通路があって、その通路の上は立派な藤棚になっている。
 願書を出しに行った日は天気がよく外が明るかったせいか、玄関に入るとひどく校舎の中が暗く感じられた。どこに行けばいいのかわからずにうろうろしていると、上級生らしい人が「事務室はこっちだ」と案内してくれる。上級生といえば、いばりちらしたり暴力を振るうというイメージが強かったのでひどく好感を持つ。事務室では優しそうな女の人が丁寧に対応してくれた。願書を出して受験票を受け取ると、何と76番である。願書受付の初日であるのに、もう定員を越えていて驚いた。
 結局倍率は5倍を越えた。こんな倍率になったのは灘高の募集が「若干名」となったせいであるらしい。こういうことは前からわかっていたことだろうから、中学の方で池田附属あたりのもっと別の学校を薦めてくれればよかったのに、とうらめしく思う。とにかく担任の先生は無条件にこの学校を薦めてくれた。しかし、僕は塾にもいかなかったし、特別な勉強は何もしていない。過去の問題集を買って自分で解いてみただけである。この倍率ではどう考えても合格できそうにない。まあ落ちてもともとなので、気楽にいこうと開き直る。落ちれば県立高校に行くまでである。
 
 試験はできたかどうかよくわからなかった。国、数、英とも、ひねくれた変な問題はなく、一応全部書いたが、自信はなかった。
 面接では「将来の希望」を聞かれる。即座に医者と答える。特に医者になりたいわけではないが、何かはっきり目標が言える方がよい、と中学の先生が言っていたのでそう答えた。他に思いつかなかったのだ。ものすごい分厚い目がねをかけた恐そうな先生が中学校での生活について質問したので、生徒会長をやったことやバレーボールをやったことを話す。どちらも大したことはやっていなかったのだが、何か選考のプラスになるかもしれないと思って強調しておいた。
 合格発表を見に行った。ひどく飛び飛びの番号の中になぜか76番があった。テレビ局の人が来ていて、テレビカメラで合格発表の様子を写していた。ライトがあたって恥ずかしかった。その足で中学の先生に報告に行ったが、わかっていたことのように、ひどくあっさり「よかったね」とだけ言った。僕の中学からはここ数年毎年一人ずつ甲陽に入学している。中学と甲陽の間で何か約束事でもあったのだろうか?絶対そんなことはないはずだが、中学の担任の先生の落ち着き払った表情が今でも印象に残っている。
 


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