赤岳鉱泉小屋に着いたのは、午後二時ごろであった。美濃戸口から約三時間歩いたが、傾斜の緩やかな山道だったので、疲労感は少ない。小屋の外にはビールやジュースが冷やしてあって、水も飲めるようになっている。
受け付けで夕食、朝食と弁当を頼む。大広間での宿泊もあわせ八千円である。同時に到着した夫婦は個室を申し込んだ。プラス四千円。新しい個室はプラス八千円だそうだ。
広い食堂を通り階段を降りて、「大広間」に行く。名前の割に大きくない。個室中心のためだろう。二十畳くらいか。窓のない側の壁際は二段ベッドのようになっている。番号札を見ると、部屋の隅。ラッキーである。
荷物を置いて、風呂に行く。四人くらい入るといっぱいになりそうな浴槽だが、とにかく汗が流せてありがたい。八ヶ岳を縦走して今夜はここに泊まるという人に、これから登る人がいろんなことを尋ねている。
風呂から出て、部屋にもどり、カメラを持ってテラスに出る。ここからは、山がよく見える。左手には硫黄岳が柔らかい稜線を見せている。右手奥には赤岳が一際高くどっしりと聳え立っている。その間にはを険しい岩壁が屏風のように連なっている。正面には大同心と呼ばれる大きな岩峰が山の中腹から稜線に突き上げている。テラスにいるグループは岩のぼりもやるらしく、大同心を登った時のことを話題にしている。あんな処を本当に人が登れるのか、と思う。硫黄岳の山頂から下るまっすぐな稜線の途中に規則的な間隔で何か見える。尋ねてみると、目印のケルンなのだそうだ。あのあたりは道が広がっていて、ガスが出ると方向がわからなくなるとのこと。
テラスを出て、小屋の中を一回りしてみる。大広間のある棟は新しい棟だ。大広間の隣から個室が続く。まだ人が入っていない部屋はドアが開けっ放しになっているが、けっこう広い。八畳くらいあるだろうか。個室の並びの中に談話室のような空間がある。通路も兼ねたような不思議な空間である。棟のはずれにトイレと洗面所があり、折り返すように古い棟とつながっている。その棟の通路を進むと食堂に隣接した図書室に出る。マンガが多いがが山の本もある。山の仲間で作った同人誌のようなものもある。
待っていると、時間というものはなかなかたたないものだ。5時の食事までまだ一時間余りある。大広間にもどり、ザックからスケッチブックを取り出して小屋の外に出る。まず山のスケッチ。何枚か描いたが、実物の方が圧倒的に迫力があって全然だめである。山はあきらめて木立を描く。しかしこれもなかなか感じがでてくれない。困ったものだ。赤岳鉱泉小屋から行者小屋に通じる道を歩いてみる。人はいない。カラマツ、モミなどの木がみごとに茂っていて、岩山までの間をびっしりと埋めている。その様子をスケッチして引き返してきた。
夕食はロールキャベツ風のものとシーフードカレー。どちらも一工夫してあっておいしい。カレーはセルフサービスでお代わりできる。
食事が終わると話し相手のいない私は暇をもてあます。食堂ではほの暗い灯りの下で、ワインを飲みながら談笑している人たちがいる。私もワインを飲みたいと思ったが、酔ってしまえば、街中も山小屋も同じなので、飲まないことにした。それに、飲みはじめると私はブレーキが効かなくなるので、明日の登山にも影響がでる。
もう一度風呂に入って、図書室で山の本を読んでいるうちに消灯になった。9時である。