やはり山は冬がいい。空気が澄んで遠くが見えるのと、人が少ないのがいいのである。私の場合、冬はあまり高い山にはいけないので手近なところで丹沢あたりになる。
この日は秦野駅から菩提までバスに乗り、そこから北に向かい葛葉川を遡って二ノ塔尾根を登った。二ノ塔尾根はゆるやかなうえ明るくて眺望もきき、私が好きなコースである。めったに人が通らないのも気に入っている。
葛葉川を離れて車道をあるくと、すぐに切り通しの側面に小さな階段があらわれ、山道に入る。午前11時半。「二ノ塔まで一時間半」の表示がある。斜面は少し急だが道がジグザグについているのでそれほどでもない。少しのぼったなあ、と思うと秦野の町が見渡せるようになる。明るい尾根で、行く手は常に山頂をおもわせる開放感があるが、先は長い。途中車道を横切るところがある。
大きな車を止め、無線で連絡をとっている男が二人座っている。こちらがあいさつしてもむすっとしている。迷彩服っぽいものを着ていて不気味だ。
また山道に入ったところで、後ろから犬の鳴き声が聞こえてきた。彼らはハンターだったのか、と気がつく。
道が少し急になり、手を使って登る。檜の林に入るが木がまだ細いためかまわりは明るい。振り返ると富士山が大きくはっきりと見えた。なにやら黒い影が木立をかすめていく。上を見るとハンググライダーが気持よさそうに飛んでいる。さっきのマナーの悪いハンターが獲物がとれない腹いせにハンググライダーを狙ったりしないのだろうか、と変なことを心配してしまう。
あり合わせの昼食をとってから富士山をスケッチ。実物に圧倒されて、全然だめである。写真をたくさんとることにした。
道の左手に鹿よけの柵があらわれる。柵を二回横切って、なおも林の中を進むと、背丈を超える熊笹が道を覆う。振り払いながら進みに進むと突然平坦なところに出る。二ノ塔である。時計を見ると二時半。コースタイムの倍くらいかかっている。食事、スケッチをしたとはいえ、やはり脚力の衰えを感じる。
正面に三ノ塔が見える。時間は十分あるが、三ノ塔の方からやってくる人たちが靴を泥だらけにしているので、気力をうしなう。ザックの中にある食べ物や飲み物を全部平らげた。3時出発。ヤビツ峠のバスの最終が確か四時半ごろだと思ったので余裕をみたのである。
山を下りてからヤビツ峠までの車道が長い。車が脇をすり抜けていくのでよけいに長く感じるのか。峠に着くと、バス停の時刻表は何も書かれていない紙がベタリと貼られているだけ。路面凍結を理由に運行していないようだ。普通の車はたくさん通っているのだから、バスも運行できないことはないと思うのだが、客が少ないので動かさないのだろう。最近はマイカーがないと、山も登りにくくなった。
仕方がないので簑毛まで林道を歩くことにした。この道は穏やかに崖の縁を下るいい道である。途中川を渡る橋の上でしゃがみこんで地図を見ている老夫婦に会う。簑毛のバス停はどちらか、と聞かれる。このまま川を渡りすすめばよいと教える。ちょうどこのあたりは、道が大きく曲がり、目的地とは逆の方向にいくような感じがするので、不安になるところである。立て札に「行き止まり」などと書いてあるのもよくない。
簑毛着5時。まだ明るいが少し寒くなってきた。6時前に秦野駅に着いた。食堂で生ビールを飲む。