浜賀さんのこと (6)
浜賀さんと初めてお会いしたのは文学団体の研究会の席でした。研究会の終了後、みんなで居酒屋に入りましたが、偶然浜賀さんが私の前にすわりました。カンパイをして雑談になった時、浜賀さんは「私の父は慶応の出身なんだ」と言われました。お父さんは松山中学を卒業後東京に出て、慶応に入られたとのこと。私は慶応とは関係がないので、なぜそういうことを言われるのか不思議でした。その時はよく解らなかったのですが、その後お付き合いを深める中で、何となくわかりました。私が研究所に勤めていることを浜賀さんは知っておられたし、浜賀さん自身は生粋の労働者だったので、共通の話題を提供しようとされたのだと思います。
典型的なインテリの家庭に育ちながら、工業系の専門学校を中退して工場労働者になった浜賀さんには、学歴に対する複雑な思いがあったのかもしれません。
浜賀さんが激しい幻覚に襲われるようになって、誰と話しているのかも定かでない時、ふと「おれはインテリは大きらいだ。信用できない」と言われました。私に対する言葉なのかもしれない、とドキッとしました。あからさまな学歴差別の社会の中で端へ端へと追いやられて生きてきた浜賀さんの心の底にある屈折を見る思いでした。つき合う上では気をつけてきたつもりですが、足りないところがあったのではないか、と反省しました。