モームとゴーギャン
 
 サマセット・モームは「月と六ペンス」」で作家として世界的に知られるようになった。モームは作品の序文に「この小説はポール・ゴーギャンの生涯に暗示をうけたものである」と書いたが、「暗示をうけた」という微妙な表現の通り、「月と六ペンス」の主人公ストリックランドはゴーギャンとは出身地、家族関係において相違点も多い。しかしゴーギャンの破天荒な人物像の本質が鮮やかに描写されており、ゴーギャンを知る上では欠かせない読み物であろう。また、まわりの一切を踏み潰してわが道を行くゴーギャンの生き様へのモームのある種の憧れのようなものが感じられる。
 モームは直接ゴーギャンと面識があったわけではない。モームがロンドンからパリに出てきたのは1904年、ゴーギャンは前年にマルキーズ諸島のヒバオア島で他界している。パリのモンパルナスに住んだモームは、ゴーギャンと制作活動を共にした連中と付き合い、ゴーギャンに強い興味を覚えたのだ。
 「月と六ペンス」にはストリックランドの描いた絵が登場するが、どれもゴーギャンの描いた作品を思わせる。特に、ストリックランドが死の直前に家の壁にぎっしりと描いた絵は、「人生について知ったすべて、彼が探った神秘のすべてを表現した」と書かれており、ゴーギャンの畢生の大作「我々はどこからきたのか、我々は何者か、我々はどこにいくのか」を容易に想像させる。小説では、この作品は焼失したことになっているが、幸運なことに実際にはタヒチからパリに送られ小さな展覧会に出品されている。現在ボストン美術館の所蔵となっているこの絵は門外不出に近く、これまで米国を出たのはたったの2回である。実物は見ることが出来ないとあきらめかけていたが、国立西洋美術館で開催さる「ゴーギャン展」には、何とこの絵が展示されると聞いた。開催初日に駆けつけて、まっ先にこの大作のところに行き、いつまでも飽きずにながめた。