黒い塔 1 孝史と八代はビラづくりを峰岸にまかせて、足早に工学部の自治会室を出た。二人は夕刻以降の活動は一応免除ということになっているが、うかうかしていると、どんな仕事が降ってくるかわかったものではない。明日、孝史は八代といっしょに東京でD通信社の就職試験を受ける。前の日くらいゆっくり休んで晴れやかな顔で試験にのぞみたかった。傾いた日差しの中で大きな立て看板に字を書いていた加藤が「おい、がっんばって来いよ」と二人に声をかけた。加藤は工学部の自治会の委員長をして、一年留年して孝史たちといっしょになった男だった。郷里の九州の会社を受けたが委員長をしていたことがばれて不採用になった。工学部のある本部構内の北側の門を出て電車通りをわたった孝史と八代は、再び理学部や農学部がある構内に入った。ここは農場などがあってどこかゆったりとした雰囲気があった。二人は両側に銀杏並木のある幅広い道を歩き続けた。明るいうちに帰るのは珍しいので景色が違って見えた。日米安保条約の自動延長に反対する闘いが学内でも盛り上がっていた。孝史たちは連日のようにビラをつくって配布し、電気系学科の中で小さな集会や学習会を組織していたのだ。「藤島は小論文、考えたか」道を右に曲がって人通りが少なくなった時、八代が聞いてきた。「考えるって、題もわからんやろ、出たとこ勝負や。あんたは」「いくつか書いてみた、急に出されても文章が出てこんからな、おれは」「どんなことや」「D通信社を担う者の心構えとか、まあそいうこと」「そんなこと、どうやって発想できるんや、今までの僕らの思考の延長で?」「まあ、自分の考えを一応書いて、普通の人がどう考えるかで修正していくんや」「そうか、そういう方法があるのか」野菜に赤や黄色の札がやたらに貼り付けてある試験場を過ぎると左手に大きなグランドがあらわれた。グランドを横切っていくとずいぶん近道になるので、二人は左手に折れてグランドに入った。真ん中ではアメリカンフットボールの練習がおこなわれていた。「面接の準備は」「それも出たとこ勝負」「支持政党を聞かれたらどうする」「自民党、と言う」「きっと顔が引きつるやろな、藤島は心が顔にでるからな」「ああ、そうかもしれん」「支持政党はなし、選挙の時は人を見て入れる、というのが一番無難らしいで。いまどき、若者が自民党支持するのがおかしいやろ。会社かて、かえって何かあると思うやろ」「そらそやな、そらええこと聞いた。あんた、どこから聞いたそれ」「親戚の偉いさん」「いつ」「この前の日曜に電話した」八代の就職にかける情熱は大変なものだった。D通信社は電気系学科の学生には人気のある企業だったが、今年はこの学校からの応募が意外に少ないという情報を八代はどこかから仕入れてきた。八代はD通信をいっしょに受けようと孝史をさそった。孝史は迷った。大学院を受けてみたいと思ったが、受かる保障がなかった。就職するにしても、関西の会社にしたかったのだが、地元の企業は念入りに思想調査をするので、落ちる可能性があった。八代も、東京に本社のある会社の方が調査が大まかになる、と読んだようだった。D通信社は半官半民の性格を持った会社であり、電気系学科の者が大学推薦で採用されるといわば技術官僚になる道を歩むことができた。地方で採用された者が一生かかってやっと上り詰める地位に三十前で到達するシステムに魅力を感じる者も多かった。孝史がD通信社を受ける気になったのは、ここに日本を代表するような大きな研究所があって、比較的そこに入りやすいという話を聞いたからであった。最近は、企業の研究所に入るには最低大学院の修士課程を卒業しておく必要があると聞いていたのだが、大量に研究者を採用するD通信社の研究所は学部を出ただけの人間も入ることができるようだった。技術官僚に人気があつまって研究所は相対的に人気がないこともその理由であるらしかった。研究者になるための教育が充実している、という話でもあり、孝史はそこに魅力を感じた。グランドを横切って斜面を登りきるとバス通りに出た。「俺、今から床屋に行くわ。考えてみたら三カ月も行ってなかった」八代はそう行って頭の後ろの毛を指で挟んで見せた。「俺は学生服、とりに行くわ。クリーニング屋に出したままや」孝史は背広を持っていなかったので、学生服で就職試験にのぞむつもりだった。背広で来る連中が多いだろうと思ったが、八代も学生服で行く、と言っていたので孝史もそう決めた。一週間前にクリーニングに出したのだが、今日まで取りに行く暇がなかったのだ。「ほんなら、明日また」八代はそう言って、信号が黄色に変わった横断歩道に走りこんでいった。2 机の上に並べた札と硬貨をながめながら、孝史は散髪に行けるかどうかを考えていた。東京までの往復の旅費をD通信社の出先機関からもらっていたが、封筒には新幹線の往復の費用のほかに千円の日当が入っていた。おまけに新幹線は「ひかり」の料金が入っていたので、「こだま」で行けば往復八百円安くなる。金をもらった安心感があって、ここ数日孝史は食事をきちんととったので、手持ちの金は少なくなっていた。散髪に行けば、あとはほとんど旅費だけしか残らない。何かあった時のために少しくらいは残しておいた方がいいのだろう。孝史は手を伸ばして、机の奥に立てかけた鏡を引き寄せた。三カ月くらい床屋に行っていない。伸びた前髪が額の半ばを隠していたが、見苦しいというほどでもなかった。手で髪を掻き上げ、なでつけると、なんとなくおさまりがついた。まあ、いいだろう、と孝史は思った。「孝史君、いるのか」母屋の方から芳郎の声がした。芳郎は孝史の母の従兄弟にあたる男で、母屋に一人で住んでいた。「はーい、います」孝史はそう返事をしてドアをあけた。母屋の窓から芳郎が笑顔でこちらを見ていた。「鮎を焼いたんだが、こっちに来て食べないか」「ありがとうございます、今行きます」「まってるぞ」そう言って、芳郎は顔をひっこめた。孝史はそう決心して机の上の金を集めて封筒におさめ、机の引きだしにしまった。つっかけを履いて庭に出ると、池に夕陽が差し込んでいて、芦の茎のつくる影が水面の長く伸びていた。芳郎の屋敷は四角い池をコの字型の日本家屋が取り囲むような形でつくられていた。もともと芳郎の妻の美沙子の父の屋敷であったものを、遺産として芳郎たちが譲り受けたのであった。趣味人であった美沙子の父が自分で設計し、建設業者に細かい注文をつけながら作った建物のようであった。池の水は常に循環させて酸素を吹き込むようになっていたので、薄青い済んだ水が底まで見渡せた。日が陰った部分はその青さが黒みを帯びていた。小さな魚が群をつくって光の中を出たり入ったりしていたが、やがてそろって池の真ん中にある巨石の影に消えていった。芦の茎のすぐ脇を、体が透けて見える小さなエビが、体を伸ばしたり縮めたりしながら、巧みに泳いでいた。孝史の気配に気づいたのか、大きな黒い鯉が数匹足下に寄ってきて水面で大きな口を開けた。悪いね、餌はないんだよ、そう口にして、孝史は母屋の玄関に向かった。植え込み向こうにスペイン風の大きな建物が夕陽をあびて赤く輝いていた。大学の付属研究所の建物である。居間に入ると、部屋の真ん中に置かれたテーブルについて孝史を待っていた芳郎が、「さあさあ食べよう」と声をかけた。風呂にはいったのか、芳郎の顔はつやつやと輝いていた。芳郎は涼しげな絣の浴衣を着ていた。居間はもともと妻の美沙子の父の書斎であったもので、ガラス扉がついた本棚が壁面を埋め、見上げるほどに高い天井まで達していた。テーブルには、鮎の塩焼きや野菜の煮付け、サラダ、鶏の空揚げなどの皿が所狭しと並んでいた。賄いとしてこの家に通っているお春さんが用意していったものだ。芳郎はテーブルの上に並べた二つのコップにビールを注ぎ、一つを孝史に差し出した。「今日は早いな」「はあ、明日就職試験がありますので、少し準備もあるものですから」芳郎は机の上に置いてあった団扇を孝史に向けて静かに動かした。孝史がグラスを空けると、すぐに芳郎はビール瓶を手に取り、孝史のコップにビールを注いだ。「どこを受けるのだ」「ええ、一応、運試しでD通信をうけようと思っています」「そうか、あそこは大きな研究所があるな」「できればそこに行きたいと思って」「知り合いがいるから頼んでやろうか」「はあ、ありがとうございます」孝史は小さな声で答えた。孝史の返事の響きがよくなかったせいか、芳郎は敢えて頼んでやる、とは言わなかった。「そこに受かると、勤め先は東京だな」「ええ、研究所は関東にしかありませんからそうなると思います」芳郎は寂しそうな顔をして鮎に箸をつけはじめた。夕陽が部屋の端を明るく照らす分、部屋が暗く感じられた。芳郎は無駄を嫌う男で、部屋がすっかり暗くならないうちは電灯をつけなかった。クーラーも滅多につけなかった。「試験の準備はいいのか」「ええ、まあ。小論文は過去の出題テーマを先輩に聞いたりして検討しています」孝史はふと、芳郎に面接を受けるコツを聞いてみようと思った。芳郎は孝史が通っている大学の化学工学の出身であった。関西の繊維会社の研究所と工場に勤め、工場長をやったこともある男だった。「就職試験の面接、やったことありますか」「ああ、あるよ、何度も」「どんなことに気をつけたらいいでしょうか」「まあ、伝統のある大学が推薦してくる学生の場合は、めったに落とさん。大学との関係があるからな。落とすには明確な理由が必要だ。たとえば学生運動をしていたとか、性格的に非常に問題があるとか。だからごく普通にしていれば通ると思うけど」そこが問題なのだ、と孝史は思ったが、そのことを芳郎に聞くわけにはいかなかった。「それから、たいていの企業でスポーツマンは歓迎される。まあ礼儀正しいし、体力があるし、それに学生運動なんかに無関係の人物が多いからな。孝史君、昔、テニスやってたんだろう。そういうこと強調したらいいんじゃないかな」これは貴重な情報だ、と孝史は思った。「服装はどうするのだ」「学生服で行こうと思います」「ああ、それが一番いい。学生なんだから」「ええ、一緒に受ける友人も学生服でいくようです」「靴があるか」「ええ、きれいじゃありませんが、一応黒いのがあります」そういえば、もらった靴があったな、と芳郎はつぶやいた。「ちょっと玄関に行くか」そう言って芳郎は立ち上がった。孝史は芳郎に従った。薄暗い玄関に立つと、芳郎は手で壁のスイッチを探った。スイッチをひねると橙色の明かりが薄暗く玄関を照らした。上がり口にある下駄箱の扉をすべらせて、芳郎は中をのぞき込んだ。「足があうかな、俺は十文半だが」芳郎は箱の中から新しい黒い靴を取り出して床に置いた。「履いて見ろ」芳郎は靴箱の横の壁に掛けてあった柄の長い靴べらを孝史に渡した。玄関に降りて片足ずつ足を入れると、柔らかい革があしをぴったりとつつんだ。高級な靴というのはこんな履き心地がするものなのか、と孝史は驚いた。「ちょうどいいみたいです」「そうか、それはよかった。まだいくつかあるが」芳郎は、靴箱に顔をつっこんだまま、新しい靴を次々と投げ下ろした。履いてみるとどれも履き心地がよかった。孝史はふと八代が靴がないと言っていたのを思い出した。孝史は自分だけがピカピカの靴を履いていくのが悪いような気がした。「二足借りていいでしょうか」孝史は特に履き心地のよかった二足を両手に持って言った。「ああ、いいよ。でもなぜ」「一緒に試験をうける友人も、いい靴がないっていってたから」「そうか。友達思いなんだな、孝史君は。いいよ、二つでも三つでも持っていってくれ」「じゃあ、明日一日お借りします」「いや、二つともあげるよ」「でも」「いや、いいんだ。そうしてくれ」「ありがとうございます」孝史はそう言って頭を下げた。芳郎は満足げに孝史を促して居間にもどった。芳郎が自分のコップにビールを注ぎそうになったので、孝史はあわててビール瓶をとり芳郎のコップを満たした。芳郎は無類のビール好きで、ビール以外のアルコールは口にしなかった。「孝史君、屋根裏部屋にあるもの、使っていいよ。気に入ったものがあったらあげるよ、私はもう使わない。ほかに使う人間もいないんだから」芳郎には一人娘がいたのだが、留学中に学生結婚し今はニューヨークに住んでいるということだった。「そうですか、そのうちに見させてもらいます」屋根裏部屋には何種類もの古いカメラや、写真を現像するための器具類があった。自分で作ったという大きな反射型望遠鏡もあった。厚さが二十センチもある碁盤や貝を加工した碁石もあった。それも一組だけでなく何組もあった。釣りの道具も高級品がたくさん置いてあった。どれも孝史の家にはないものばかりだった。「使い方がわからなければ、教えるが」「ありがとうございます」芳郎はテーブルの上に置いてあった手ぬぐいで額をぬぐった。芳郎の頭は見事にはげ上がり、それを取り囲む白い頭髪は短く刈り込まれていた。芳郎は太っているので大量に汗をかくらしく、食事を始める時は真っ白だった浴衣の胸と脇がすでに黒ずんでいた。通りに出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。人通りの少ない歩道を歩き続けると、すぐに大きな交差点に出た。信号を渡って疎水に沿った道をたどると、右手に著名な日本画家の屋敷跡が現れた。低い土塀越に、白い光りに照らされた石塔や、茶室がわずかに見えた。屋敷の塀を回り込んで、暗い細い道を歩くと、古い二階家が並んでいた。一番奥が八代が下宿する家だった。階段をあがって「八代いるか」、と声をかけると、「真下か、はいれよ」と八代の声がした。さっきと違う緊張した声だった。ドアを開けると、部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルのこちら側にいた二人が振り向いて鋭い視線を孝史に注いだ。同じクラスの峰岸と佐伯だった。妙な取り合わせだった。峰岸は孝史たちが所属する民主青年同盟の電気系学科班の班長であり、八代の下宿に時々やってきた。しかし、佐伯は腎臓を患っていて、授業にはほとんど出てこなかった。佐伯は市内からの通学生であり、これまで八代の下宿に顔を見せることはほとんどなかった。峰岸と佐伯が特に仲がよいということもなさそうだったので、どうして今日、三人が集まっているのかがわからなかった。「どうしたんや」八代が、青ざめた顔にそれでも無理に笑みをうかべて孝史に話しかけた。「ああ、あんた、きれいな靴ない言うてたやろ」「ああ」「下宿の人に靴をもろたから、よかったら履いてもらおと思てな」「そうか、ありがとう。助かるわ。汚い靴はかんならんから困ったおもうてたんや」そう言ったが、八代は立ち上がる気配を見せなかった。「そしたら、ここに置いとくで」孝史は、脇にかかえていた靴の箱を畳の上に置いた。「俺、帰るわ」孝史が言うと、三人が黙って頷いた。いつも孝史が訪れると、お茶を湧かして紅茶を入れてくれる八代も、今日はその気配がなかった。孝史が部屋を出ても、話し声は聞こえてこなかった。孝史が立ち去るのを待っているようだった。何だったんだろう、ひょっとして共産党の会議だったのだろうか。階段を下り、通りに出てからも、孝史は考え続けた。孝史は民主青年同盟には入っていたが、まだ日本共産党には入っていなかった。民青同盟の中でだれが共産党に入っているかは、はっきりとはわからなかったが、峰岸と佐伯は入っているようだった。八代は、孝史と一番親しいクラスメートだった。二人の間には、共産党に入る時は、一緒に入ろうという暗黙の了解のようなものができていた。八代が孝史にだまって共産党に入ったとは考えにくかった。峰岸と佐伯が八代に共産党に入ることをすすめていたのかもしれない、と孝史は思った。3 廊下に並べられた椅子に座って、面接を待つ間、孝史は、小論文に書いたことを頭の中で繰り返していた。小論文は選択式で、三つのテーマから一つ選べばよかった。孝史は一番書きやすそうな「D通信社のエンジニアとしての生き甲斐」というテーマを選んだ。全国の通信設備を所有する公共性に重きを置き、それに責任をもつというエンジニアの立場なら書けそうな気がしたからだった。提出時間の十分前にできあがり、見直しても訂正すべきとこはほとんど見あたらなかった。まずまずの出来ではないか、と思った。ドアが開いて、背広を着た若い男の顔がのぞき「真下君、入ってください」と孝史に声をかけた。男の後について部屋に入ると、窓際に二つ机が並べられ、恰幅のよい男たちが横一列に五人並んでいた。こちら側には小さな机と椅子が一つあった。一番右の頭の禿げた男が「座ってください」と言ったので、孝史は一礼して椅子に座った。堅い感触が背中に伝わってきて、孝史は被告席に座らされたような気分になった。真ん中に座った顔の大きな血色のよい男が「どうしてD通信社を選んだのかね」と型通りの質問をしてきた。孝史は研究所に入って研究がしたい、と言った。隣にいた眼鏡をかけたいかにも頭の良さそうな男が軽く頷いた。研究所から来ている幹部なのだろうか。「君はテニスをやるようだけど、どれくらいなの、腕前は」左端の白髪の男が書類をめくりながら尋ねた。それ、来た、と孝史は思った。チャンスである。「ええ、同好会では、強い方でした。ずいぶん一生懸命練習をしましたから。K学院との対抗戦では、インカレに出たことのある選手と当たったこともあります」白髪の男はほう、という顔つきをした。それはまんざら嘘でもなかった。確かに関西で一番テニスのさかんなK学院大学の同好会には、本式のクラブを途中で引退した名選手が席を置くことがあり、同好会同士の対抗戦ではそういう選手と対戦することもあった。もちろん全く歯がたたないのだが、対戦したことにはまちがいなかった。「正式のクラブに入らなかったのは、何か理由があるの」「うるさい規則に縛られるのが嫌で」とっさにその言葉が出た。白髪の男はニヤリと笑った。「企業というのは、いろいろとうるさい規則があるもんだよ」どう言い直そうかと考えたがすぐによい言葉が浮かばなかった。真ん中に座った顔の大きな男が左右に目で合図して、もうけっこうですよ、と孝史に言った。落ちたかもしれないな、と孝史は思った。面接会場から出て、一階のロビーで待っていると、まもなく八代が頬を紅潮させて現れた。本社の建物を出ると初夏の日差しが照りつけた。二人は学生服を脱いで肩にかけ通りを駅の方へと歩いた。このあたりは独占企業の本社が多いのだろうか、聳え立つビルの群からは凄みのある威厳のようなものが溢れ出ていた。これが東京なのか。孝史は中学の修学旅行で東京に来たことがあったのだが、東京タワーが印象に残ったくらいで、後は覚えていなかった。「どうやった、面接」周りに関係者がいないのを確かめてから孝史は口を開いた。「ああ、そうやな」八代の返事は重かった。何か考え込んでいる様子だった。「僕の方は拍子抜けやったな、短くて」孝史が面接の様子を話し始めると、八代がさえぎるように言った。「『君、デモがすきかね』って聞かれたんや、僕は」「ふうん、そんなこと聞くのか。そいでなんて答えたんや、八代は」「好きじゃありませんけど、友達に誘われて行ったことはありますって」「正直にこたえたんやなあ」「僕も迷ったけど、それを尋ねた面接官は、目つきが鋭くて、『何でも知ってるぞ』って感じやったから」「調査したんやろか」「さあ」八代は心配そうだった。一緒に帰るものと思っていたが、八代は親戚の家に寄るというので、駅で別れた。新幹線のこだまはすいていた。孝史は窓際に席をとってまだ日差しの強い東京の街をながめた。行けども行けども白い家並みが続いていた。目を閉じると、八代の顔が浮かんできた。最近の八代は、以前とどこか違っていた。八代のことは何もかも知っているつもりだったが、それは思い違いだったのかもしれぬ、と孝史は思った。八代を知ったのは、三年生の秋だった。孝史が教養課程から工学部に進学したとたん工学部は全部の学科が長期ストライキに入ってしまって、授業が全くなかった。それで、電気系の学科に進んだにもかかわらず、孝史は教養の連中とつきあっていた。教養のクラスは第二外国語にロシア語を取る者が集まるクラスで、勢い数学系の者が集まっていた。数学を本格的にやるにはロシア語の原書が読めた方がいい、と言われていたからであった。孝史のいた教養のクラスは、いわゆる学生運動の活動家がたくさん居たところであった。孝史も影響をうけて彼らと行動を共にすることがしばしばであった。民青同盟に誘われて迷っていたころ、突然、活動家たちの様子が変化した。中心メンバーであった何人かがそれまでと違った退廃的な言葉を吐くようになった。彼らが組織的な運動から離れたようであった。それでも、孝史は彼らとのつき合いをやめなかった。彼ら以外の連中を知らなかったのだ。孝史の下宿を八代と峰岸が尋ねてきたのは、そういう状態のときだった。電子工学科の自治委員になる者がいないので、やってくれないか、という誘いだった。二人とも誠実で穏やかな雰囲気を持っていた。孝史は二人に新鮮なものを感じた。結局、孝史は自治委員の選挙にでることになった。4 その週の土曜日、孝史は実家のあるI市の市民病院を訪ねた。父の助三郎が心筋梗塞で入院していたのだ。大部屋の壁際のベッドで、助三郎は上半身を起こして将棋の雑誌を読んでいた。喜助の横では母のカヨが老眼鏡をかけて編み物をしていた。「おう、来たか」孝史に気がつくと、助三郎は雑誌を置いて大きな声を出した。「ああ、今日は就職試験だったんだ」まわりに気をつかって、孝史は声を潜めた。「D通信社だったな」助三郎はいっそう声を高めた。「大きい声をださんといて、落ちたかもしれんのやから」「まさか、お前が落ちることはあらへんやろ、K大の推薦もらっとるんやから」助三郎は得意げに言った。部屋の中がシンとしてしまった。孝史はその場にいたたまれないような気持になった。「おまえ、夕食はまだやろ」カヨが取りなすように孝史に聞いた。「ああ、まだや」「そしたら、食堂に行こうか、お母さんもまだやから」カヨはハンドバックの中から財布を取り出した。「ちょっと行って来るから」助三郎にそう言って、カヨは立ち上がり、孝史を促した。地下の食堂のあたりには陰気な雰囲気が漂っていた。「何にする?」蛍光灯が古くなって瞬きするショウウィンドウをのぞきながら、カヨが聞いた。「うどん」「遠慮せんと、何でもええんよ」「そしたら、キツネうどん」カヨは頷き、食券売場に向かった。孝史はカウンターの端にある冷水機から水を出し、二つのコップを持って壁際に席をとった。足の高さが揃っていないのか、ガタガタする座り心地の悪い椅子であった。すぐに二つのどんぶり載せたお盆を持ってカヨがやってきた。「あのなあ、話しておかんならんことがあるんや」刻んだあぶらげの入った方のどんぶりを孝史の前に置いて、カヨは言った。カヨのうどんの上にはネギが散らしてあるだけだった。「なに」「お父さん、もうあかんのや」「あかんて」「もう一年はもたんやろう、言うてはったわ。発作がだんだん頻繁になっているし、そのたびに体も弱ってる」完治することはない病気とは聞いていたが、そんなに早く終焉が来るとは思っていなかった。カヨの口調には動揺はなかった。もう諦めがついているのか、それとも夫を頼らずに生きてきた強さなのだろうか。「今日は、泊まっていくんやろ」「ああ、そのつもりや」「もう、峰ちゃんは帰っているとおもうわ。お母さんは今日はかえれんから」「わかった」孝史は、急に食欲をなくした思いだったが、カヨを心配させまいと思って、うどんをかき込んだ。社宅に帰ると、峰子が居間でテレビを見ていた。「あっ、タカシちゃん、お帰り」峰子は立ち上がり、冷蔵庫の扉をあけて中をのぞいた。「あっ、病院で食べてきたから、もうええんや」「それでも何かたべるやろ」峰子はガラスの器に入った冷や奴を取り出した。「ほんまに、ええんや。ちょっと食欲がないんや」「どないしたん」峰子は、洗い場の箸立てから孝史の箸を取り、器に添えてテーブルの上に置いた。「お父さん、もうあかんのやってな」「きいたん?」「ああ」「社宅も出なあかんわ、そうなったら」「どこにすむんや、お母さんと峰ちゃん」「どっか借りよかな。いっそ小さいマンション買おか。お母さんがずっとくらせるようなところ」「そうか、それがいいかもしれんな。ちょっと奇麗なとこなあ。こことちごうて」峰子は電気釜の蓋をとって飯を盛りつけて孝史に渡した。孝史は豆腐に醤油をかけ、それを箸で掬って飯の上に載せた。早く就職を決めなければならない、と孝史は思った。5 日曜の夕刻、実家から帰った孝史は、芳郎に散歩に誘われた。芳郎は白いズボンに白い半袖のシャツを着て籐で編んだ帽子を被っていた。芳郎の屋敷から細い路地を抜けて通り静かな住宅街をまっすぐに歩くとすぐにバス通りに出た。中央分離帯には欅の木が、歩道には銀杏の木がずっとむこうまで続いていた。欅の木はどれも背が高く、上の方で左右の銀杏の木に届きそうなくらい枝をのばしていたので、車道は緑のトンネルのように見えた。芽吹きの季節にはマスカットのような淡い色だった小さな銀杏の葉は、今は濃い緑に変わっている。やがて二人は大きな交差点に出た。左に行けば山裾の名刹、右は道の両側にキャンパスの並ぶ学生街である。「今日はこっちに行ってみよう」芳郎がステッキで疎水に沿った道を指した。肩をならべると芳郎の息が少し荒くなっているのがわかった。孝史は歩調を落とした。「昔、そうだなあ、孝史君より少し若いころかなあ、寮生は毎日夕方には連れだって散歩に行ったもんだ。もう四十年以上も前のことだな」芳郎は山の方に涼しげな目をむけた。「そんなに娯楽があるわけじゃないし、それに、散歩するのが一番安上がりだったんだ。そういう貧乏学生がつれだってあちこち散歩していたよ。食べるものがなくても夢だけはおおきくてな、みんな」道は疎水にそって緩やかにカーブしていた。疎水の向こうに見える家々は西日を避けるために簾を下げていた。「入社試験はどうだった」芳郎は慎重な口調で尋ねてきた。「どうだったんでしょう、小論文は書けたと思いますが、面接がどうも」「まあ、大丈夫だろう」「そうでしょうか」やがて、小山一つに伽藍の広がる広大な寺に出た。この町の寺の大きさは桁外れである。二人は大きな山門をくぐった。「実はな」芳郎は声を潜めた」「あんたが就職試験を受けにいった翌日だったかな。昼間に興信所の人が尋ねてきた」「やっぱり来るんですか」「ああ」「どんなことを聞いて行きましたか」「まあ、孝史君の人柄とか、生活の様子なんか。いや、もちろん悪いようには言わなかったよ、私は」起伏のある境内を抜け、山門を出ると、石材屋の店の奥から石を叩いて削る音がひいてくノミと金槌で墓石を刻んでいる店があるようだ。「こういう時代だからかなあ、その男は、学生が集まっていないか、とか夜が遅くないか、とか聞いていた。まあ、学生運動に関係ないかどうか、そこを注意していたみたいだった。人物は私が保障する、と言って私は、名刺をその男に渡しておいた。まあ何かの役にたつのかもしれん」「ありがとうございます」孝史は頭を下げたが複雑な思いに駆られた。芳郎に悪いような気がしたのだ。「いや、いいんだよ、気にしてくれなくて」焼いた板を重ねた塀の連なる通りを何回か折れ曲がると、あたりが一際明るくなった。「ちょっと休もうか」濁った緑色の疎水がゆったり流れる所まで来て、芳郎は立ち止まった。「はい」孝史も立ち止まった。夕方とはいえ、初夏の熱気が全身を包んだ。 あたりは、驚くほどひろびろとした空間が広がっていた。巨大な社を中心にした開放的な空間を取り囲んで、美術館や会館、運動場が配置されていた。遠くにはうっすらと比叡山が見えた。外人たちが観光バスから大量に降りて社に向かって歩いていた。孝史はこのあたりの景色が好きだったが、それを口にだすことはしなかった。清水がこの社をバカにしているからだった。この巨大な社は明治時代に、平安遷都千百年を記念して建てられたものだったのだ。 。「どうする。帰るか」「もうちょっと歩いてみたいですが」「それじゃあ、白川沿いに行こか」「ええ」二人は、たっぷりと水をたたえた疎水沿いに歩き始めた。すぐに疎水から別れる白川が左手にあらわれた。白川は深くはないが、川幅一杯に水がひろがっていた。川底の白い砂が透けて見えて、水が勢いよく流れている。川の両側には古い木造の屋敷が迫っていた。川は屋敷の裏手を縫うようにしてを流れていた。川に沿って走っていた道が突然川からはずれることがある。芳郎はさすが土地勘がある。少し遅れてついていくとすぐにまた白川沿いの道にでる。広い石畳の道にはオレンジ色の夕陽が残っていた。道の両側には紅殻色の古い町屋がならんでいた。通りからは細い路地が奥に奥にと続いている料亭らしき建物が増えてきた。やがて背の高いビルの群が見え始めた。一階から最上階まで飲み屋や食堂が入ったビル街を抜けると鴨川に出た。6 孝史がD通信社からの採用通知をもって八代の下宿を訪ねた時、八代はうつぶせになって新聞を読んでいた。「来た、来た、採用通知、あんたもきたやろ」孝史は、八代の肩を揺さぶった。その瞬間、八代の肩に変に堅いものを感じて孝史は手を引っ込めた。「あかんかったんか、あんた」八代は、ああと低く答えて、新聞をめくった。「そうか、てっきり採用通知がきてると思ったもんやから。ごめんな」「別にあやまってもらわんでもええ」八代は孝史の方を見ずに新聞を読み続けた。いつもの八代なら孝史が来るとすぐに紅茶を入れる準備をするのだが、今日は起きあがろうともしなかった。「どうする、あんた大学院うけるのか」「いいや、多分うけへんと思うわ。もういっぺんどっか受けてみるわ」「峰岸に連絡したか、あかんかったこと」「いや、あいつに連絡したかてどうなるわけでもないし」「心配してるやろ、峰岸が」峰岸は、電気系学科の日本民主青年同盟の責任者だった。「あんた、峰岸のとこにいくんやったら、ついでに言うといてくれや」八代の言葉には投げやりな調子があった。じゃあ、元気でと言ってドアにむかったが八代から返事はなかった。峰岸の下宿を訪ねると、峰岸は机に向かってレポートを書いていた。峰岸はいつもの穏やかな顔に笑みをうかべ「受かったんやな」と言って、孝史に握手を求めてきた。「ああ、僕はうかった。そやけど八代があかんかったんや」「あいたた」峰岸は顔をしかめた。「二人とも通る思てたのにな」「いまあいつの下宿に寄ってきたけど、あいつ相当ショック受けてたみたいや」「そうか、よし、これから行って元気づけてこようかな」と言ってから、峰岸は困ったような顔をした。「ところで、あんた、就職は」孝史が聞くと、峰岸は首を傾げた。「うーん、僕は普通の就職は考えてないんや。工学部の自治会の執行委員もやったし、もうバッチリブラックリストに載っとる」「専従?」「たぶんな」「民青の」峰岸は首を振った。民青でないとすれば共産党の専従活動家になるのだろうか。「ええんか、あんた」「まあ、しゃあない」孝史は惜しいような気がした。峰岸は大阪の有名な公立高校の出身だったが。勉強をしていないので、成績はよくなかったが、頭の良さは孝史や八代をはるかに凌いでいた。もし峰岸にきちんと勉強する時間が与えられれば、ひとかどの学者になれるのではないか、と孝史は思った。7 四条河原町で市電を降り、孝史と芳郎は川に沿った料亭街に向かった。昔風の料亭の前は水が撒かれ、どの店も、のれんのかかった小さな入り口の奥に長い石の通路が暗く続いていた。ここだ、と孝史に声をかけて、芳郎はその中の一軒ののれんを手で分けた二人が玄関に入ると、和服を着た厚化粧の女将が、「あら、先生、お久しぶり」と深々と頭をさげ、こちらでございますと二人を奥へ奥へと案内した。予約された席は川にむかって張り出した涼しげな納涼床であった。「涼しい方がいいと思ってね」そう言って、芳郎は、視線を川の方に向けた。すぐにビールとつまみが運ばれてきた。「こういうところ、はじめてです。一度来てみたいと思ってたんです」孝史が言うと、芳郎は満足そうにビールの瓶を手に取り、孝史のコップを満たした。川の方から風が吹いてきた。孝史がビール瓶を取ろうとするのを手で制して、芳郎は自分のコップにビールを満たした。「いや、よかったな、おめでとう」そう言って、芳郎は自分のコップを孝史のコップに軽くあてた。「ありがとうございます。本当にお世話になりました。興信所にあんな風に言っていただいたので、通ったのかもしれません」「うむ」と言ったきり芳郎は黙った。麻地の着物を着た二人の仲居が大きな盆からたくさんの小鉢を手早く机の上に移し終わって立ち去ってから、芳郎は口をひらいた。「ワシの目に狂いがなければ、孝史君は、自分の生活の向上や自分の技術者としての栄達だけを目的にしていないようだね」「はあ」芳郎の真意がはかりかねて、孝史は黙っていた。「興信所の様子が、どうも通り一遍じゃなかった。それで、まあ私はピンときたのだ。いや、間違っていたらごめんよ。これは私の推測だ。そう思って考えてみると、君のその涼しげな眼差しを、私はどこかで見たような気がしたことに気がついた。なかなか思い出せなかったのだが、最近ようやく思い出した。私のが会社の同僚だった男の目だ」芳郎は、箸を置き、孝史の顔を見つめて語り始めた。「その男とはな、戦後すぐに私が入った紡績会社の研究所でいっしょだった。頭の切れる、誠実な男だった。しかし、その男は、自分の出世を優先させる男じゃなかったんだ。あれほどの男が、研究を捨てて惜しかったな、と思ったのだ。研究を続けていれば、ノーベル賞とまではいかなくても、後世にのこる仕事ができたような気がするから。間違ってたら、ごめんよ。就職試験のお祝いに変な話をしちまったかな。いや、君にまるで関係のない話ならば、それでおおいにけっこうなことだ。私が言いたかったのは、この世の中には面白いことや愉快なことがいっぱいある。人生のあんまり早い時期に自分の将来を決定づけてはつまらないのではないか、ということなんだ。いや、誤解してくれるな、別に確固とした思想を持つのが悪いといっているんじゃないんだ。」「ええ、自分なりに自分の生き方については真剣に考えているつもりです。いい加減な気持ちで行動しているわけじゃありません」「わかってる、わかってる」芳郎は取りなすように言って、あわててビールを孝史のコップに注いだ。それから芳郎は自分が工場長時代に開発した合成繊維の話を始めた。「人生にはいろんな面白いことがあるんだ。愉快なこともたくさんある。私が言いたいのはねえ、あんまり世の中のことを知らないうちに人生を決定づけるようなことをするのは、どうかな、ということなんだ。いろんなことを知った上での決定なら、後悔がないだろう、と思うんだ」話の最後に、芳郎はそう付け加えた。8 夏休みに入るとすぐに、琵琶湖の西岸で民青同盟の工学部班の合宿が行われた。午前中はマルクスやエンゲルスの著書の読書会、午後からは湖水浴、夜はテーマを決めて討論というスケジュールだった。その日、孝史は泳ぎ疲れて松の木陰で横になっていた。松林の奥からは蝉の声がやかまあしく聞こえ、地面に敷いたバスタオルをつきぬけて松葉が背中をチクチクと刺した。浜辺では、峰岸たちが、木片をバットにして野球のまねごとをしていた。柔らかい球を使っているので、力をこめて打ってもたいして飛ばず、ゲームらしくもなかったが、けっこう真剣に投げたり走ったりしていた。鮮やかなピンク色の球は時々水の中に飛び込んでそのたびにゲームが中断された。波打ち際は、砂が巻き上げられて灰色ににごっていたが、その先は明るく澄んだ青緑の水面が広がり、沖に向かって青さが増していた。魚を追い込んでいるのであろうか、たくさんの長い棒が水中につきささって巨大な矢じりの形を作っていた。対岸には長浜や彦根の街並みが白くかすみ、その向こうには緑の山並みが北に向かって伸び、山肌を白く削られた伊吹山がひときわ大きくそびえていた。山の上には真っ白い入道雲が燃え上がるように輝いていた。松林を揺すぶった風が、孝史の顔を撫でていった。孝史は首をまわし、目を細めて風のやってくる方を見つめた。松林のむこうは、国道を挟んで岩山が立ち上がっていた。岩山の向こうには比良山系が高々と屏風のように連なっていた山並みの端には比叡山が南にむかって裾をひいていた。「もう泳がんのか」突然声がしたので、孝史は驚いて体を起こした。旅行鞄を手にした八代が立っていた。「おお、八代か。今日は遠泳やったしな、俺はもう泳がん」「そうか」八代の表情は明るくはなかったが、D通信社の入社試験に落ちてから眉間のあたりに漂っていた険しさはあなくなっていた。「あんた、どないしたんや。みんな心配しとったで。突然おらんようになって」「ああ」「誰かに言うていかんとあかんのとちゃうか」「すまん、急やったから」そう言って八代は孝史の隣に腰を下ろした。八代は夏休みの始まる三日前に突然姿を消した。帰省は合宿が終ってからということになっていたので、八代の行動は不可解だった。孝史は、八代が合宿に来ないのではないかと思っていた。「急って、誰かがなくなったんか」「いや、そうやない」川崎は言いよどんだ。「俺なあ、就職試験受けてきたんや」「ああ、それか、それやったら一言言うていけばよかったのに」「ああ」「それでどうやった、試験の方」「あんまり出来たようにも思わんかったけど、今朝、合格通知がきたんや、C電力から」「そらよかったな」孝史は八代の手を握ったが、八代の手には力が入っていなかった。その夜は、将来をどう生きていくのかをテーマに自由な討論が行われた。革新自治体に就職の決まった者や生協に行くことになっている者は、就職してからの活動も、現在の延長と考えているので威勢がよかったが、メーカーに就職の決まった者たちは不安げに疑問を投げかけていた。大学院を受ける者たちはまだ先の話という気持があるのか発言が少なかった。峰岸は、就職した先輩の様子を紹介た。しかし、技術者、研究者として自分の力を伸ばし、大きな舞台で活躍したい、という自分の要求と、民青同盟員として活動することによって被る会社からの弾圧との関係をどう考えればいいのか、峰岸の説明を聞いても孝史にはよくわからなかった。八代は一言もしゃべらず、早く終わらないかなあ、という顔をしていた。結局その夜は十二時近くまで話し込んで、消灯になった。合宿が終わって、学生たちは三々五々民宿を離れ、だんだん民宿の中が寂しくなっていった。孝史は民宿の入り口の木陰で八代を待っていた。八代は、合宿が終わったら一緒に小旅行をしようと孝史をさそったのだ。八代は小さなテントを持ってきているということだった。孝史は八代とよく話し合ってみたい、と思ったので八代の誘いに応じた。八代はなかなか出てこなかった。誰かと話しているようだった。約束の時間から三十分以上遅れて、八代が頬を紅潮させて出てきた。「行こう」八代は、遅れたことを詫びずに重そうなリュックを背負いなおして足早に湖岸の方に歩きはじめた。「どうしたんや」追いかけるように歩き始め、八代に追いついた孝史が背中から声をかけた。八代は無言のまま歩き続けた。八代が口を開いたのは、松林がつきて、浜に小さな船がいくつも引き揚げられた寂しいところに来てからだった。「悪かったな、うるさい連中につかまってたんや」「うるさい連中って」「まあ、峰岸とかな」そう言えば、峰岸が民宿から出ていくのを孝史は見ていなかった。部屋に残って八代と話しあっていたのだ。「何の話」「まあ、いろいろや」八代は不愉快そうに言って目を湖面に向けた。二人は肩をならべて湖岸の細い道を歩き続けた。日差しは強かったが、水が近くにあるので熱さは和らいでいた。孝史は八代に話しかけるのをやめて、ひたすら歩き続けた。八代がテントを張ったのは、湖北の山中だった。近くに沢があり、ちょっとした砂地があった。川のそばは水が出た時に危ないので、川から少し離れた高いところがいいのだ、と八代は言った。八代はこういうことに詳しいようだった。テントを張り終えると、八代は孝史に枯れ木を集めるように言った。夕食のために火をおこすのだそうだ。八代はリュックの中から釣り竿をとりだして伸ばしはじめた。「釣れるの、こんなところで」「ああ、たぶん」「何が」「ヤマメだろうね、イワナはむりだろうね」「夕食だね。たのむよ」そう言って孝史は、来た道を引き返しはじめた。ここに来る途中に倒木が横たわっていたのを孝史は思いだしたのだ。外は薄暗くなりはじめていたが、テントの中に入るとかえって外より明るい感じがした。黄色いテントの布を通して・・・・合宿の疲れから、孝史は横になるとすぐに眠気におそわれた。「来るぞ」と誰かが鋭く叫んだ。ぴーぴーと変な音の混じるハンドマイクから「こちらに向かっています、数は八百から千人」という声が切れ切れに聞こえた。遠くから不気味な音が聞こえてきた。ドッ、ドッドッ、という規則的な音だった。鉄パイプを地面に打ち付けて気勢をあげているのだろう。耳をすませるとその音の間に切れ切れに「ミンセイ、コロセ」「ミンセイ、コロセ」と唱和する声が聞こえた。かけ声がしだいに大きくなってきた。その声がしだいに分散してあちこちから聞こえるようになった。建物を取り囲んだようだった。それからしばらく静かになった。大きなスリガラスの窓を、ぼんやりとした赤い炎が上昇し、それがみるみるはっきりした炎の形となって上昇の頂点に達したところで、パーンと音がしてガラスが割れ、火炎瓶が飛び込んできた。それを合図ににしたこのように、入り口の方でドスン、ドスンとドアを打ち壊す音が聞こえてきた。ドアが軋んで、わずかに隙間があいた。「入れるな」「押さえろ」ドアの前に群がったジャンパー姿の学生たちが口々にさけんだ。ドアのあたりがパーッと明るくなって「ガソリンだ」と怒鳴る声がした。一番前にいた二人が火だるまになってこちらに突進してきた。消すんだ、と誰かがさけんだ。四方八方から学生が二人に抱きついた。突然天井の電気がいっせいに消えた。投石でメチャメチャになった窓から火炎瓶が次々と飛び込んできて床一面に炎がひろがっていった。「火事だ、火事になるぞ」暗闇のあちこちから声があがった。ああっと叫んで、孝史は跳ね起きた。夢だったのだ。畳が汗で濡れていた。就職試験の前に嫌な夢を見たものだ、と孝史は思った。孝史がこの夢を見るのは初めてではなかった。夢は、孝史が二年生の冬に遭遇した襲撃事件の記憶そのものだった。無期限ストライキを解除するための学生大会が開かれる会場を護るために泊まり込んでいた学生が、ストライキの続行を主張する武装した学生に襲われたのであった。孝史は長期間のストライキには反対であった。孝史たちが大学に入って以来、授業がきちんと行われたのは一年生の冬までであり、その後はストライキが断続的に行われてほとんどが授業は行われなかった。ヘルメットと角材や鉄パイプで武装した連中の主張するストライキは、学生の要求に基づいたものではなく大学そのものを解体するのが目的であった。昭彦は学生大会でストライキ解除が決議されそうになるたびに、大会の会場を暴力的に占拠しようとする連中の行動は許せないと思った。それで大庭から会場を護るのを手伝ってくれと言われた時に二つ返事で引き受けた。「中にたくさん人がいれば、それだけやつらも手が出しにくくなるんだ」という大庭の言葉をもっともだ、と思ったのだ。雨の降り始めたような音で、孝史は夜中に目がさめた。枕元に置いた腕時計を手探りで拾い上げて文字盤の上に目をこらすと、短い針が水平に近くなっていた。窓からは月の光が射し込んで、窓のそばに寝ている者の姿を照らし出していた。ザーッと長く尾をひく音は、雨音ではなく湖岸からの波音らしかった。縁側の方からタバコの煙が漂ってきた。誰かが縁側に置かれたビニールを張ったパイプ椅子に寝そべってタバコを吸っているようだった。「けむいか?タバコ消そうか」闇の中から、ささやくような八代の声が聞こえた。八代は孝史が目覚めたことに気がついたようだった。「いや、ええんや。波の音で目がさめたんや」孝史はそう言って起きあがり、何人かの体をまたいで縁側に出た。月が背の低い松林を照らしていた。「ゆうべの話の中で、誰かが言ってたけど、電力会社というのは労務管理がきびしいんやってな」「ああ、まあ産業の根幹を握っているから、そこで会社が思うようにできんかったら一大事やからな」「よっぽどしっかりしていかんとあかんな、八代も」タバコを灰皿にこすりつける音がざりざりと響いた。「あのな、俺なあ、会社に入ったらもう活動する気はないんや」「なんやって」「活動はもうええ、一人のエンジニアとして生きていくつもりや」「何でや」八代はすぐには答えなかった。タバコの箱をひねりつぶす音がした。「あんなあ、C電力ではなあ、民青やら共産党のレッテルはられたら生活保護受けなあかんような給料しかもらわれへんのやって。もちろん技術者としての仕事もとられてしまうしな」「どっから聞いたんや」「まあ、いろいろと耳にはいるもんや、自分の就職するところは」「あんた、これまでいろいろ活動してきたのは何やったんや」「ええ、思い出やった。学生時代のな」「それでええんか」「まあ、俺の人生や、俺が決める」シュバッと音がして、タバコをくわえた八代の白い無表情な顔が闇に浮かんで消えた。孝史は寝返りを打って八代のいる方に背を向けたが、八代の瞼の上についたかすかな傷が暗闇の中でも消えなかった。八代が孝史を助ける時に出来た傷だった。9 夏休みは孝史にとって楽しい時期ではなかった。狭い社宅は風通しが悪く、昼間は特に暑くていたたまれなかった。それで、孝史は頻繁に高校に出かけた。高校のグリークラブが秋の定期演奏とコンクールに備えて毎日のように練習していた。定期演奏では、OBと合同のステージもあるので、練習には卒業生たちも顔を見せた。その日は、ステージに慣れるため、ということで、講堂で練習がおこなわれていた。大正時代に建てられたどっしりとした校舎に入ると、ホールの方から歌声が聞こえてきた。在学中によく歌った「柳河」という曲だった。人のいない校舎の中を歩き続けると、歌声がだんだん大きく聞こえてきた。孝史が講堂の入り口に入ると、高い天井に歌声が響いていた。緩やかな勾配のついた通路を下りきって、舞台の上に飛び乗り、列の後ろに回り込んで、孝史はセカンド・テナーのパートに加わった。隣にいた男が、孝史を見て歌いながら頷いた。同じクラスだった菊池だった。指揮をしているのは二年生の川端という生徒だった。川端は左利きで、タクトを左手に持って振るので、ちょっと変な感じがした。練習していたのは、多田武彦という人が北原白秋の詩に曲をつけた「柳河」という曲だった。高校時代によく歌い込んだ曲だったので、孝史は楽譜を見ずに歌うことができた。練習が終わり、列がくずれると、「おい、ちょっといいか」と菊池が声をかけてきた。「ああ、いいよ」連れだって講堂を出ると、菊池は「下手でいっしょに歌ってられないぜ」と吐き捨てるように言った。「そうだろうか、けっっこう揃って歌えていたように思うけど」「いや、それにしても酷すぎる」「まあ、いいじゃないか、親善第一で」まあな、と菊池は言って、ハンカチをポケットから取り出し、額の汗をぬぐった。「高校野球に行こう、これから」校門を出ると、菊池はそう言って左手に折れた。学校のすぐ裏手に高校野球の全国大会が開かれる球場があったのだ。試合が始まっているようで、手拍子とかけ声が波のように響いてきた。「外野席はあついだろうな」「バックネット裏のいい席に行こう」「俺、金ないぜ」「いいんだ、切符なんかいらない」「どうして」「いいから俺についてこいよ」そう言って、菊池は自信ありげにゲートの方に歩きはじめた。孝史は菊池が特別優待券のようなものをもっているのだろうと思った。菊池はゲートの前にくるとポケットから黄色い腕章を取り出してゲートボーイに見せてすぐにポケットにしまった。ゲートボーイは恐れ入ったように頷いて「どうぞ」と言った。「どうしたんだ」孝史が聞いても菊池は無言で通路を進んだ。暗い通路からスタンドに出た時に菊池はポケットから腕章を取り出して見せた。腕章には「報道」と言う文字が書かれていた。「作り物?これ」「まさか、俺もそこまではなあ。親戚にテレビ中継やっているのがいるから、ちょっと借りてるんだ」「いいのか、こんなことして」「いいんだよ、どうせこんなに空いてるんだから」菊池ガラガラの特別席に向けて顎をしゃくった。グランドでは四国のI高と神奈川のT高の試合が行われていた。「D通信社に就職きまったんだって」「だれからきいたんだ、そんなこと」「まあ、いろんな話が耳に入るようになっとる」「研究所にいくつもりなんだ、僕は」「ふーん、もったいない」「何が?」「事業系だとあそこは、もの凄く早く偉くなれるんだぜ、本社採用の大学出は。まあ国鉄みたいなもんだ。国鉄は文系でないと駄目だけど、あんたんとこはトップは大体理系の人間だ。珍しいところだ」「ああ、そうらしいな」「そういうのに魅力を感じないのか、あんたは」「感じないことはないけど、まあ研究をやってみたいんだ」「あんたの考えとることはわからんな」「あんたはどうするんや、まだ先やろけど」菊池は浪人しているので、まだ三年生だった。「絶対、国家公務員の上級試験通ってみせる」菊池は手にした缶をぐっと傾けた。「俺は、ホントに不思議でしょうがない。お前、なんでもっと偉くなることにどん欲にならんのか」自分も高校時代は菊池に負けずに上昇志向の人間だったに違いない。高校三年になって進路を決めるとき、菊池はいっしょにT大の文系をうけようと誘った。菊池は、孝史の学力なら悠々受かると言った。孝史は文系に行く気はなかったので誘いを断った。その時、菊池は、「この学校の進路指導は間違っている」と憤慨して言った。文系の方が絶対偉くなれるのにどうして理系ばかりをすすめるのかわからぬ、というのだった。確かにこの学校はコース分けがなく、全員が理系の学部を受験出来る体制になっていた。そのなかで特に数学や物理が苦手な者だけが文系に進学するようになっていた。孝史は高校時代から菊池が好きではなかったが、菊池の方では孝史によく話しかけてきた。孝史の成績が特によかったからかもしれなかった。大学に入ってからも手紙をくれたりした。菊池は、自分の成長の度合いを、孝史と比較することによって測っているようなところがあった。「就職決まったから、もちろん企業人として生きていくんだろう」菊池はポケットからピーナッツをつまみ出し、目をグラウンドに向けたまま孝史に差し出した。「企業人として生きるって?」「いや、あんたがマルクス主義に傾倒しているようだったから」正月に会った時、孝史は資本論の話を菊池にしたことがあったのだ。「さあ、どうなんだろうね、本当のことを知るというのは楽しいことだよ。それに人の考え方って、そんなに変わるものじゃないしな」「冗談だろう。企業に入ればういうことでは生きていけないぜ」「何も会社の中で活動するわけじゃないよ」「そうだろうな。そんなことしたらたちまち会社にいられなくなるからな」孝史は、自分の立場が曖昧であることにあらためて気がついた。会社に就職してからも現在の活動を続けることが出来るのだろうか。自分がそれほど強い人間であるとは思えなかった。投手戦だった試合に久しぶりにランナーが出て、二人は話をやめてグランドを見つめた。試合が終わって、菊池とは球場の出口で別れた。孝史は学校に戻ることにした。今帰っても、家の中はまだ暑すぎた。孝史はほの暗い校舎を三階まで上がり音楽室に入った。部屋の中には誰もいなかった。開け放した窓から風が吹き込んで来た。傾きかけた夏の日が射し込む部屋の中で、孝史はさっきの菊池の言葉を思い浮かべていた。どこで自分の考えが変化したのだろう。偶然ではあったが、自分が、出世を強く望む学生があまり多くない大学に進学したせいだろうか。孝史は窓に近寄り、遠くに連なる山並みを眺めながら思索にふけった。孝史たちが教養課程の学生の時には、学生がストライキが頻発し、授業のない日が続いた。クラスの連中が、どうせ授業がないなら、自分たちで勉強会をやろう、と言いだしていくつかの自主的な研究会のようなものができた。その中に「資本論を読む会」というのがあった。工学部のクラスなので、資本論を本格的に勉強しよう、というのではなかった。この機会に一度資本論とはどういうものであるのかを読んでみよう、という者が大多数であった。中には、「将来に備えてまず敵をしらねばならぬ」と半ば冗談を言いながら参加する男もいた。ちょうどO書店から新版の廉価版が出版されたので、本はまとめ買いで安く手にはいった。分厚い五分冊セットの本が箱に入って手元に届いたときには、さすがに孝史も嬉しかった。初めはいわば知的なファッションでもまとうようなつもりで参加した勉強会だったが、読み進むにつれて、孝史は資本論に書かれている資本主義の分析にに魅了されはじめた。マルクスの天才は疑うべきもなかった。最初に書かれている商品の分析がまず気に入った。商品の価値が、その中に含まれる労働の量で決定される。何と明快で説得力のある考察であるのか、とマルクスの理論は孝史の心をとらえてはなさなかった。・・・・素人ばかりの集まりのように思ったが、始めてみると、高校時代に社会科学研究会というサークルに所属していたという斎木という男が俄然力を発揮し、教師役になった。もともと昭彦の属していたクラスは、第二外国語にロシア語を選択する者ばかりで構成されていて、所属学科は雑多であった。ロシア語の原書を読む必用のある数理工学の学生が半数、あとは電気工学、機械工学、金属、航空、原子核など様々であった。それに応じて、資本論の読書会に参加したメンバも様々な学科の者が集まっていた。資本論の研究会に集まるクラスメートの中には、実践的に学生運動に参加していく者もいたが、孝史は慎重であった。学生運動に参加することが、将来自分がエンジニアとして生きていくことに障害になるのではないか、と思ったのだ。10 夏休みの後半を孝史は助三郎の工場でアルバイトをすることにした。助三郎の工場はゴムを使ったいろいろな製品をつくっていたが、孝史はタイヤの仕上げの現場にまわされた。孝史は安さんという助三郎と同年輩の人の下で仕事をすることになった。安さんはあちこちの工場を渡り歩いた男で、助三郎のことをよく知らないようだった。孝史はかえってその方が気楽だった。安さんは助三郎の病気のことは知っていて、孝史に「大変だな」と恥ずかしそうに声をかけた。タイヤは最終近くの行程で、熱を加えてゴムの分子間に強力な結合力を与えることが必用であった。加硫という行程である。熱盤でプレスされたタイヤには、フラッシュと呼ばれる余分なゴムが角のようにツンツンと生えていた。その余分なゴムをカッターで切り落とし、検査にまわすのが二人の仕事だった。二十メートル四方の作業場に腰の高さくらいに積み上げられたタイヤを上から一つ一つ下ろしてカッターでフラッシュを切り取り、それをまた積み上げるのである。三十くらいタイヤが仕上がると、それを台車で隣の検査場に運ぶことになっていた。加硫行程の現場からは次々と出来立てのタイヤが運ばれてくるので、やってもやっても尽きることのない仕事であった。食堂は500人ほどが一度に入れる大きなものだった。もう半分ほど席が埋まっていた。カウンターの前に出来た長い列の一番後ろについた孝史は、灰色のよごれた作業着を身につけ、怒鳴るような声で話しながら食べ物をむさぼっている人々の様子に圧倒された。カウンターでうけとったトレーには、サバの煮付けとガンモドキが一つの皿に盛られ、もう一つの小さな皿には煮たキャベツとヒジキが少しづつ載せられていた。白いプラスチックの丼にはたっぷりと飯が盛られていた。窓際の席に着くと、安さんは勢いよくご飯をかき込みはじめた。孝史も箸を取り、すぐに食べはじめた。一日の出来事の中で食事が一番の楽しみだった。孝史はサバはあまり好きではなかったが、とにかく食べなければならなかった。夕方まで働き続けるためでもあり、食べ物を残すことで回りから軽蔑されるのを避けるためでもあった。食堂から出ると、安さんは、孝史に右手をあげて離れていった。出稼ぎ仲間がいるタイヤ工場の方に行くようだった。それで孝史は一人で休息室にもどった。作業場の一角をズック地の大きな布で仕切っただけの薄暗い休憩室では、長椅子に座った二人の中年男が、タバコを吸いながら将棋をさしていた。このコーナーは喫煙室にもなっていて、ここに来る者は皆タバコを吸った。タバコを吸わないと手持ち無沙汰だったが、孝史は吸うわけにいかないと思った。学校に行くようになった時、匂いが残っては困ると思ったからだった。将棋盤はベニヤ板に線を引いたものであり、駒は形のそろわぬ安物であった。「歩」の中には、ボール紙でつくったものも混じっていた。孝史が腕組みをして将棋をぼんやりと見ていると、休憩室の入り口に係長が険しい顔つきであらわれた。翌日、孝史が食堂から帰ってみると、休憩室の入り口に「部外者立ち入り禁止」と書いた紙が貼られていた。入り口をはさんで長椅子が置かれ、休憩室の外に昨日の白髪まじりの中年男が座っていた。白髪男は将棋盤に駒を軽く打ちつけていた。休憩室の中には誰もいなかった。「どうだ、いっちょうやらんか」白髪男は孝史に声をかけた。「将棋、あんまりやったことないんです」孝史がいうと、白髪男はウム、と唸った。「どうしたんですか、常連の人」「ああ、今日はみんなどっか行ってもた。逃げたみたいや」「ええと、部外者なんですか・・・あなた」「ああ、俺、吉岡っていうけど、同じ工場の中で部外者もないもんだ。俺をここにこさせないための嫌がらせだよ」孝史は何がおこっているのかわからなかった。「挟み将棋ならできますが」孝史はそう言ったが、吉岡は首を横に振った。孝史は吉岡の作業着の襟につけられたバッジに気がついた。何本かの赤い線が真ん中で交差し、その中の一本だけが抜けている変わったデザインだった。どこかで見たことがある、と思った。孝史は休憩所に入っていつもの場所に座った。しんとしてしまって変な雰囲気だった。何か話さなければならないような気がした。「それ、何のバッジですか」孝史は自分の作業着の襟を引っ張りあげながら聞いた。「これか、これはなあ、原水爆禁止の運動を進めている団体のバッジや、きれいなもんやろ」吉岡は自慢気に言った。きっとこの人は共産党員なのだろう、と孝史は思った。「ねえ、そんなところにいないでこっちに入ったらどうですか」孝史は吉岡に親しみを感じて言った。ああ、と吉岡は言って思案顔になった。吉岡は盤の上にあった駒を集めてピースの缶にしまい、将棋盤と駒を乗せたまま長椅子を持ち上げて部屋のなかにもどした。「また来るわ」そう言って吉岡は部屋を出ていった。昼休みが終わる頃になってぽつぽつと人が帰ってきてタバコを吸いはじめたが、だれも口をきかなかった。これが企業における思想差別なのだ。孝史はかけがえのない現場を目撃した、と思った。11 社宅を出て、産業道路を渡ると、すぐに工場の塀が続いていた。塀に沿って小さな道が駅の方に続いていた。道のそばにはどぶ川があって、流れの中に灰色のはらわたのようなものが何本も揺らめいていた。「きたないなあ、この道は」姉の峰子が忌々しげに言った。「まあ、自動車に轢かれるよりましやろ」「そらそやけど」市民病院に行くには、産業道路にそって行けばよいのだが、途中に小さな橋が二つあって、道幅がせまかった。大型トラックが連れ違うのにぎりぎりの道幅であり、よく事故がおこった。悪臭を放つどぶ川に沿った道の方がずっとましだった。「いつ帰るの、京都に」「九月にはいったらすぐ」「もうあんまり休みないんやな」「ああ、卒業研究がはじまるから」夏休みが残り少なくなったので、孝史は頻繁に助三郎を見舞うようにしていた。助三郎と会っても特に会話がはずむわけではなかったが、今のうちに少しでも顔を合わせておかねばならないだろう、と孝史は思った。水たまりにひしゃげた夏みかんが二つ落ちていた。貨車が運んできた夏みかんがここで荷下ろしされるのだ。乱暴な作業で少々の荷こぼれは無視されるようだ。「結婚、いつやった」孝史は峰子に尋ねた。「十月十二日」「間に合うやろか」「間に合うとええわね。出席はむりでも」国鉄の駅前はさびれていて人影もなかった。二人は緩やかな坂を上りはじめた。「あと半年や、僕も半年で卒業や。いままで本当に世話になったな」「いいや、何にもできんかったけど」「もう、心配せんといてな、家のことは」「ありがとう、そやけど新入社員なんて給料少ないで、きっと。でも後が違うわなあ。楽しみやな」「そうやとええけど」「何言うてんの、大学出てD通信に入ったら、もうエスカレーターやないの」商店街のアーケードを抜けると、家並みの向こうに市民病院の白い屋根が見えた。12 I市から帰った孝史が自分の部屋で荷物の整理をしていると芳郎の声が聞こえてきた。「孝史君、帰ってるのか」「ええ、さっき帰りました」「こっちに来ないか」はーい、と返事をして孝史は立ち上がった。芳郎は相変わらず白い浴衣を着てテーブルに付いていた。「お さん元気だったか」「ええ、ありがとうございます。元気にしています」「助さんはの具合はどうだ」「ええ、まあ直る病気じゃないですから」ああ、そうなのか、と芳郎は気の毒そうな顔をした。「これ、土産だ。食べてくれ」そう言って、芳郎は机の上の皿を指した。皿には笹の葉が敷かれ、その上に赤い小さな魚の切り身が並べられていた。「なんですか、これ」「小鯛の酢づけだ」「どこかに行かれたんですか」「ああ、お盆に北陸のT市。葬式があったんだ。あそこで工場長をやってたからな」「顔が陽にやけてますね」「海の近くだったから日差しがとてもつよくてな」芳郎は手ぬぐいで顔をぬぐった。「アルバイトはどうだった」「はあ、暑くてまいりましたが、いい経験になりました」「そうだなあ、工場は夏は暑いし、冬は寒いんだ、どこでも。T市の工場もそうだった」「T市ってどんなところですか」「ああ、三方を山にかこまれ、一方が海に開いたいいところだ」「そこは長かったんですか」「ああ、工場長で五年、本社勤務をはさんで、その前に製造部長で八年いたかな」「大きな町なんでしょうか」「いいや、人口四万人くらいかな、その多くが私の勤めていた会社の関係者だから、いわば企業城下町だな。一度行ってみるか」「ええ、そうですね」「そう言えば、祭りの時に来てくれなんていってたな、あそこの祭りは長いので有名なんだ」芳郎は壁に掛けられたカレンダーに目をやった。「どうせ行くなら泊まりがけにしたいな。孝史君、来年からは東京だから、もういっしょに旅行にいくこともあるまい。いい思い出になると思うが」芳郎はそう言って哀願するような目つきになった。試験が近いが、孝史は芳郎の申し出を断りかねた。13 土産物屋の並ぶ駅前の大通りを五分歩くと大きな交差点に出た。そこから右側の道路は車道をはさんで両側の歩道に見渡す限り露店が並んでいた。「どうだ、壮観だろ」「すごいですね、こんな大きな祭りは見たことがありません」「これが神社のところまで続いているんだ」芳郎はそう言って歩道に並んだ店を覗きはじめた。金魚すくいやヨーヨー釣りの店が目立ったが、輪投げ、コルク銃で景品を落とす店、スッポンの粉末を売る店、ガラス切り、さまざまな食べ物を売る店がびっしりと隙間なく並んでいた。皿や茶碗を店の前にまで溢れさせた瀬戸物の店で、芳郎は立ち止まった。「時々掘り出し物があるんだ、こういう店に」芳郎はそう言って積み上げられた洋皿に目をやった。有名なメーカーのものだろうか、軽妙なタッチで描かれた縁絵には何となく品があった。店の主人は百キロを超えると思われる巨体の持ち主だった。芳郎の様子を見て立ち上がり、愛想笑いを浮かべて近寄ってきた。「お、工場長さんですね、お久しぶり。お安くしときますよ」「もう、工場長じゃないよ、私は。発送してくれるのかね、品物は」「ええ、もちろん」「じゃあ、いくつかもらおうか」芳郎は皿を何枚か選んで主人に渡した。「ちょっとした傷があるんですよ、いいですね」「わかってるよ。でなきゃこんな値段で買えるわけがない。裏にちょっと傷があっても、十分に楽しんで使えるからね」芳郎はそう言って胸のポケットから財布をとりだして紙幣を抜き出した。主人は押し頂くように金を受け取り、前掛けのポケットから釣りを出して芳郎に手渡した。「どうだ、せっかくだから神社によってみるか」「ええ」露店の切れたところにはちょっとした空間があり右手に渋い朱塗りの大きな鳥居が聳えていた。石でできた橋をわたるとすぐに砂利のしきつめられた境内にはいった。広いせいか、人は多いのだが込み合ってはいなかった。「この境内のはずれには毎年いろんなものがくるんだ」「サーカスなんかですか」「ああ、サーカスなんかだといいんだがね」「見せ物ですか」「そうだ」「行ってみたいですね」「そうか」芳郎は気のない返事をして、こっちだと言って歩き出した。境内のはずれに張られた大きなテントの前では、白い布を巻いたマイクを握って小柄な赤ら顔の老人が客の呼び込みをやっていた。毒々しい絵の看板に書かれた字を棒で指しながら「字の読める人はお読みください」と言った言葉が、その老人の生きてきた境遇を感じさせた。「今年は蛇女だな」テントの近くで七輪にかざした小魚を小さな子どもに食べさせている母親がいた。頭に手ぬぐいを巻いた母親は、あぶった小魚の頭を自分が食べてから、息を吹きかけて子どもの口に入れてやった。呼び込みの男は、テントにつけられた小さな窓を棒でつついた。舞台の裏から中を見るような感じになって、日本髪を結った女の頭だけが見えた。「ほうれごらんなさい、右にゆらり、左にゆらり、蛇女のこの哀れな姿、親の因果が子に報い、首からしたが蛇になった、ほうれもう一度右にゆらら、左にゆらり・・・」「本当に首から下が蛇なんですか」孝史は声を殺して芳郎に尋ねた。「まさか」「じゃあ普通の人」「鮫肌というのかな、まあ皮膚が少しあれてるんだろうね」「それじゃあ、とても蛇女にならないですね」「本物の大蛇を着物の中に入れて、尻尾を着物から外にだすんだよ」「ああ、そういうことですか」「どうもこういうものはねえ」そう言って、芳郎は眉をひそめた。「見なくていいだろう、とにかく一度宿に行こう」芳郎は今来た方に歩きだした。14 その日、授業が終わると、校舎の出口の掲示板に人だかりができていた。電気計測の試験の追試の結果が発表されているようだった。電気計測を担当する木村教授は厳格な人柄で、容易なことでは試験をパスさせなかった。最初の試験に落ちると、追試はだんだん試験の内容が難しくなった。「お情け」で合格させる、ということをしない人だったので、この一教科が通らないために就職を棒に振ったり、大学院の入学が取り消しになる学生が毎年数人いた。人混みをかき分けて、掲示物にたどりつくと、孝史の横に赤い一重丸がついていた。孝史はほっとした。目を下に滑らせて八代のところを見ると、八代の欄にも丸がついていた。八代に知らせてやろう、と孝史は思った。八代は今日は授業に出て来ていなかった。孝史が一声かけて部屋に入ると、八代は窓に面した机にむかい、耳にヘッドホンをあてて英会話の練習をしているところだった。孝史に気づくと、八代はヘッドホンをはずした。「あんた、通っとったで、計測」「そうか、ありがとう、知らせてくれて」八代はほっとした顔を見せた。「英会話か、僕もやらんとなあ。どっかに習いにいってるんか」「ああ、A学院に週二回」A学院は授業の厳しいことで有名な英会話学校だった」「卒業研究の方はどうや、すすんでるか」「まあな、送配電の研究なんて地味すぎて、あんまり気がすすまん、適当にこなして、原子力工学の研究室に出入りしてるんや」八代の本箱には原子力発電の本がたくさん並んでいた。C電力からの指示なのであろうか、ずいぶん手回しがいいな、と孝史は感心した。「あんた、峰岸から頼まれて、ここにきたんか」「いいや」八代はこのごろ民青の会議にも出てこなくなった。峰岸は心配していたが、孝史が何かを頼まれたわけではなかった。「何も頼まれてへん、ただ、計測の結果しらせようと思うて」そうか、といいながら、八代は椅子を回転させて体ごと孝史の方に向き直った。「前にも言うた思うけど、僕な、会社に入ったら、もう活動はせん。普通の人間として生きていくと決めたんや。不思議なもんやな、そう決めたら、僕は人間としての自分の力がえらい気になりだしたんや。そういう目で自分を見つめたら、これから会社に入って、いろんな人と競っていくには、あまりにも役にたつことを身につけてないことに愕然とした。考えてみたら、大学はいってから、活動ばっかりやったからな」何から言えばいいのか、孝史はすぐに言葉が出てこなかった。八代は、孝史が勢いよく反論してくるものと思っていたらしく、拍子抜けがしたようだった。「あんた、これ入ったんやろ」八代は、右手の親指をたてて、孝史の目を見つめた。八代は、孝史が共産党に入ったかどうかを聞いているのだった。半月ほど前に孝史は峰岸から共産党に入らないか、とすすめられたばかりだった。「いいや、まだ入ってない」「そうか、あんた、まよってるんや」そう言って、八代はニヤリと笑った。15 その日の芳郎との散歩は、粟田口から円山公園を経て八坂の塔にでる道だった。円山公園はデモの最終地点になることが多かったので知ってはいるつもりだったが、こんなに晴れ渡った秋の日にゆったりとした気持でながめると、デモの時とはちがった風情があった。そこから八坂の塔までは、古い石畳の道の両側に古い屋敷の続く落ち着いた道だった。八坂の塔は、寺の塔ではないらしく、道のすぐそばに建っていた。孝史は塔の美しさに見とれた。「孝史君、この塔が好きかね」「ええ、何かひどく心に迫ってきますね」「そうか、孝史君はものに感じる心をもっているようだな」黒々とした木の肌が日本の古い建築物の美しさをあたりの空気の中にまで発散させていた。「このあたりに昔ながらの茶屋があるはずだ。たしか江戸時代から続いている茶屋だ」そう言って、芳郎はあたりを見回した。「ちょっと休もう、くたびれた」芳郎は立ち止まって雲のない空を仰いだ。すぐに赤い壁の古い茶屋が左手にあらわれた。煤けた畳に二人が腰掛けると、前掛けをした老人が茶を運んできた。「何がいい?」「おすすめのものはないんですか」「ある。抹茶と(くずもち)だ」「じゃあそれお願いします」芳郎は盆を抱え注文を待っている老人に、抹茶とくず餅を二人分頼んだ。「静かなもんですね」「ああ、休日になるとたくさん人がくるんだろうけどな」孝史は、いつか聞いてみたいと思っていたことをふと聞いてみる気になった。アルバイト先での出来事について芳郎の考えを聞いてみよう、と思ったのだ。「夏にアルバイトをした時、ちょっと珍しい体験をしたんですが」「何だね」「ええ、どう言えばいいんでしょう。仲間はずれというのか」孝史は言葉を選びながら、休憩室に吉岡がやってきた時の様子を話した。「ああ、たぶんその人は特異な人なんだろうね、たとえば共産党員かもしれん」「そうかもしれません。でもそういう人だからといって、そういう扱いをしていいものでしょうか」「それはよくない」「芳郎さんが工場長をしていた時には、そういうことは起こらなかったのですか、工場の中で」芳郎は額に皺をよせて難しい顔をした。「いいや、起きていた」「なぜですか、工場長の命令でそういうことはやめさせることができるんではないのですか」芳郎は小さく首を振った。「それは、もう一工場長の権限を越えた問題なんだ」「でも工場の中の問題なら工場長の判断権威があるんでしょう?」「ほかのことはともかく、そういうことは本社の勤労課が目を光らせているし、警察だって彼らの動向には敏感だ。私の力の及ぶところではないんだよ」「ああ、そうなんですか」そういうことなのか、と孝史は珍しく苦々しい顔をしたまま、芳郎は運ばれてきたくず餅を食べはじめた。16 孝史の卒業研究の指導をしてくれたのは助手の長谷川だった。長谷川は昔、学生運動に関わっていた、と噂のある男だった。今も研究者の自主的な集まりには参加しているようだった。孝史が席を与えられた実験室は、コンクリート造りの本部の建物の谷間のような所に建っているバラック風の平屋だった。天井が高く、ガランとした殺風景な部屋だった。しかし初めて自分の席持って、孝史はこれまでに感じたことのない落ち着きと喜びを味わった。孝史の研究テーマは、磁性体の中に入ったマイクロ波が、静磁波、スピン波、弾性波に次々と変換される様子を、内部磁場との関係で解析するものであった。実験装置は、パルスジェネレーター、小規模な磁場発生装置、センサーとレコーダーという簡単なものであったが、レコーダーのペンがゆっくりと描き出す波形は、磁性体の中で起こっている原子レベルの現象を伝えていて興味がつきなかったその夜は院生の片桐と本山が早く帰ったので、実験室には孝史と長谷川だけが残った。長谷川は壁際の机に向かって一心に論文を書いていた。孝史は前々から聞きたいと思っていたことを尋ねてみようと決心して、データを整理する手を止め、実験装置越しに声をかけた。「長谷川さんの同級生なんかで、会社に入っている人、どんな具合ですか」「どんなあ具合って、みんな中堅のエンジニアになってよう頑張って仕事しとるがな」長谷川は怪訝そうに顔を上げ、分厚いレンズ越しに孝史に視線を投げた。「ええと、そういう一般的の人の話じゃなくて、長谷川さんのお仲間というのか、学生時代に特に仲の良かった人というのか」「なんや、そうか」長谷川は立ち上がってノビを一つすると、部屋の真ん中にある大きなガスストーブに火をつけ、まあこっちにおいで、と言った。「僕の時代には、いわゆる活動家もたくさんおったけど、会社に入ったもんも、ほとんどが元気にやっとるようやな」長谷川は、ストーブの前に腰掛けた孝史にコーヒーカップをわたしながら、自分も椅子を引き寄せて孝史の隣に座った。「研究や生活なんかどうなんでしょうか、思想差別がひどいところもあるって聞きましたが」「ああ、大企業はそういうところが多いな、そうでないところもあるけど」長谷川の口調が慎重になった。「僕の知ってる例からいえば、社会を変革するしっかりとした考えをもちながらも、技術者や研究者として立派な仕事を続けている人がほとんどや。仕事の上では会社からも期待されながらな」「仕事を取り上げられたりすることはないんでしょうか」「絶対ないとはいえんけどな。僕の一番親しかった男は、開発部門から営業にまわされて労働委員会に訴えてあらそってるわ。学校におるときは勉強ばっかりするおとなしいおとこやったけど、最近たくましなったな。その人ともう一人かな、仕事の面でめぐまれないのは」「生活が困るということはないのでしょうか」「困るいうても程度問題や。まあ、大体夫婦共働きやから、大学の先生よりは楽やろ」長谷川の言葉は孝史の気持ちを楽にしていた。「D通信はどうなんでしょう、就職試験では思想チェックもあったんですが」そうやな、といいながら、長谷川は腕を組んだ。「最近のことは知らんけど、何年か前には研究所はえらい自由な雰囲気やって聞いたけどな。組合も民主的で、管理者にももののわかった人が多くて」「そうなんですか、そういところなんですか」それなら、活動もできそうだ、と孝史は思った。その日は風の強い日で、コンクリートの建物が風を切ってうなりをあげていた。電気系学科の図書館から借りた本を脇にかかえた孝史は建物から出たところで八代とばったりと会った。八代は、おう、と小さく声を出し、すぐに目をそらしかけたが、ふと立ち止まった。「あんた、大変なところに行くことになったな」なかば冷やかすような調子で、八代は言った。「なんのことや」「しらんのか、あんた、研究所での自殺のこと」「いいや、D通信社の研究所でか」「ああ、新聞に載ってたらしいで。ひどい差別と監視の中でな」だからいやなんや、会社で活動するのは、と八代は吐き捨てるように言って、ドアを軋ませて建物の中に入っていった。自殺?自殺?活動家が差別の中で?研究室にもどったが、孝史は実験が手につかなかった。「赤旗」新聞にのっていたのだろうか。毎日目を通していたつもりだったが、ベトナム戦争や、チリの人民連合政府の記事に目を奪われて見逃したのだろうか。孝史は実験室を意味もなく歩き回った。峰岸なら何か知っているかもしれない、そう思って、孝史は長谷川の机に近寄って電話機に手を伸ばした。「なんや、珍しいな、電話なんか」峰岸はぶっきらぼうに言った。「今日の新聞に、何かすごいことのってたんやってな、僕の行く研究所のこと」「ああ。そのことか。載ってた、載ってた」「いやあ、そういうところとはしらんかったな」「激しく闘いがおこっているところや、いうことやろ。あんたもいい加減な気持ちではあかんで」「ああ、そうかもしれんな」孝史は電話を切った。怖がってどうするのだ、と自分を叱る声が頭の中でぐるぐると回っていた。これからどんなことが起こるかわからないが、自分がその流れの中に身を置くことによって、この世の姿を見極めてやろう。孝史の胸の中に不思議な静けさが蘇ってきた。(第一部完)