数学にみる遠近法の東西

講師 新藤茂(国際浮世絵学会常任理事)
日時 2000年7月28日(金)
...単に遠近法と言った場合、欧米だけでなく日本でも「透視図法」を指す。さらに、この 「透視図法」を
「幾何学的遠近法」または「数学的遠近法」と呼んでいる。これは、「透視図法」を学ぶ場合「デザルグ
の定理」を中心とする「射影幾何学」に触れなければならないからである。つまり、西洋においてルネッ
サンス以来、絵画法の基礎になっていた 「透視図法」は 「射影幾何学」という数学の一分野によって説
明できるからである。
...それに対して、日本や中国を中心とする東洋の遠近法は、古くから種々命名されている多種類の遠近法
が伝わっているが、西洋と比較して最も特徴が顕著に見られるのは、寺院などの建物を描く場合、その側
面が、西洋の遠近法のように「先細りの台形」にならず、「平行四辺形」であるという点である。この現
象は、東洋の遠近法が未成熟であると評されることが多い。即ち、 射影幾何学の原理に則っていないとい
う理由だけで、幾何学的でないと評されているのである。しかし 幾何学は射影幾何学ばかりではなく、相
反する別々の世界の幾何学が複数存在するのである。つまり数学において「真理」はひとつではないので
ある。そこで東洋の遠近法を説明するための幾何学を数学の中から探してみると、「射影幾何学」と隣り
合わせのように存在している、「アフィン幾何学」を見出すことができる。
...以下、難しい数式は省略して、その本質だけを抜き出して説明してみることにする。まず「絵を描く(写
生する)」ということは、「実際の対象物をキャンバスや紙の上に変換することである」と考える。すると
「射影幾何学」では「平行線は、(無限遠点で)交わる二直線に変換される」と考え、これを 「射影変換」
という。つまり、「射影変換」では「平行線は存在しない」のである。また、「アフィン幾何学」では「平
行線は平行線に変換される」と考え、これを「アフィン変換」という。 「射影変換」と 「アフィン変換」
の違いを立方体をモデルにして説明してみよう。次の[図1](立方体を射影変換したもの)と [図2](立方
体をアフィン変換したもの)を比較すれば、了解されるだろう。
[図1]射影変換(一例) [図2]アフィン変換(一例)
...[図2]は、いわゆる「見取図」である。実際の立方体の平行関係が、変換後も保存されていることが分かる。
側面に両者の違いが顕著に見られる。前述の、「先細りの台形」と「平行四辺形」の違いである。
[図2]は古く絵巻物の世界に見ることができる。例えば、『春日権現験記絵巻』の一部( [図3])を見てみよう。
45°、 90°、135°の組み合わせで構成されていることが判る。 [図2]を随所にめ込むことができる。

[図3]
...なぜ平行関係が保存されなければならないのかは、襖を見れば明らかで、鴨居と敷居の間の距離がどこを
とっても等しいから襖は開閉できるのであって、奥に行くに従って狭くなるわけがないのである。つまり、
日本の遠近法は、現実の距離関係に重点をおいているのである。また、絵巻物や屏風絵には視点がたくさん
在ることが、昔から指摘されている。その理由として、近年、「日本は多神教で、西洋は一神教」という
説が提唱されているが、論外である。学問は科学的でなければならない。透視図法によって描かれた絵画は、
鑑賞者が一箇所に立って(画家の視点に立って)鑑賞するが、絵巻物や 屏風絵は、鑑賞者が縦横に移動し
ながら鑑賞する。これは絵師も視点を移動しながら描いているからである。視点が移動できるのは、日本
の遠近法の本質が「平行」そのものだからである。反対に、 絵巻物や 屏風絵を透視図法で描こうとすると、
縦幅が限定しているので、横の広がりが取れないのである。 横の広がりを取ろうとすれば、縦の幅も増やし、
「最後の晩餐」のように巨大な作品を制作するしかないのである。
...これまでの考察をまとめてみると、西洋的遠近法は「射影幾何学的遠近法」であり、東洋的遠近法は
「アフィン幾何学的遠近法」である。両者ともに「数学的遠近法」であり、どちらが優れているかではなく、
ともに長い歴史の中における「必然」である。

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