菜 っ 葉 と 絵

ラ ブ さ ん に


菜っ葉は人間とちがって話をしない
黙って地面からむくむく芽を出したかと思えば
お日さまに照らされてあっと言う間に大きくなり
きれいな緑色を自慢するでもなく
時々そよそよ風にふかれたり蝶にとまられたりして
虫に食われなければやがて人間に食われてしまい
残るのは糞だけでそれもいつかは地面に帰る
はかないと言えばはかないものだが
あれはあれで悪くない生きかたかもしれない


だが人間は菜っ葉とちがってのべつ話をしている
ただの笑い話だけならまだ罪がないが
意味ありげな話もしなければならないからややこしい
話をしないと人間は生きている気がしないのだ
言葉で自分にも他人にもいろんなことをご説明申し上げる
そうして菜っ葉には分からないことを分かろうとする
そうしておたがい仲良くしようとしては喧嘩になる
菜っ葉みたいに黙って生き黙って死ぬのが苦手な人間
これはこれで面白くないこともないのだが


菜っ葉と人間のあいだに丁度いい加減なところはないものか
私の意見ではそれは出来ない相談でもない
たとえば絵かきなどは人間の中でも菜っ葉よりだ
だいたい絵を描くには話をしないですむ
絵には菜っ葉と同じように色もあれば形もある
絵はなんにも説明しなくていい
ただそこにあればいいのだし
風にふかれることも出来るし蝶にとまってもらうことも出来る
菜っ葉とちがって食べられないのが残念だけれど


けれどそういうすてきな絵というものを
またぞろ言葉で説明しないと気がすまないというのも人間だ
それもまた人間の楽しみのうちと言われればその通りだが
私は少なくとも絵を見るときくらいは菜っ葉みたいに黙っていたい
いっとき菜っ葉の気持ちになって
そよそよ絵の風に吹かれたり絵の蝶にとまられたりして
たとえ話をしたくなってもその話を
自分の胸の奥深くいったんはしまっておいて
家へ帰ってからゆっくり反芻しようかと思うのだ

谷川俊太郎(詩人)

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